承認欲求は悪か?

Jotak

タヌ本
たれぱん
なので、、、
多分「悪」ではないと思います。
ただ、それを求め過ぎると、、、
どうだろう。

トタラ

ノゾ
それは適度に持っていれば、向上心や節度の維持や協調性を生み出す原動力になるんだから。
過度に持てば、分不相応な虚栄心や評価への依存や、それを与えない他人や環境への憎悪を生むのであって、極端な偏りさえ抑制すれば何の問題もないし善にだってなる。
しばしば悪呼ばわりされる欲求のひとつである自己愛だってそう。
適度なそれらは、むしろ持つべき。
強くなってしまうときがあっても、理性を身体から少し遠ざけて、それを制御できればいい。

ぬらぺっちょアヤコ
面白く無いのに大声で話す人、それで面白い人の話が聞こえなくなる。

ひかる
他者からの承認を得ようが得られまいが、気にしている内は自分に自信がないことに変わりはない。早いところそこから離脱したほうが、精神的に健やかで楽になれる。

メッサーラ

ひかる

ccmrt
人は誰もが他者に認められたいと願います。それは特別な弱さではなく、人間が社会的な存在として生きてきた証です。幼い頃、親や周囲の人に承認されることで安心を得て、自己を形づくってきた。だから承認欲求そのものは「悪」ではなく、むしろ人間の根源にある自然な欲求です。
けれども問題は、それに支配されるときに生じます。
他者の評価を基準にしすぎれば、自分の行動も価値も他人次第になってしまう。承認を得られなければ不安に沈み、承認を得ても次の承認を求めて苦しくなる。ここで承認欲求は人を生かす火ではなく、人を焼き尽くす炎に変わります。
承認欲求は悪ではありません。
悪になるのは「承認に生かされている」と錯覚したときです。
人を温める火にとどめるのか、それとも自分を焼く炎にしてしまうのか。選ぶのはいつも、自分自身なのです。
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