完璧で反論の余地のない理論は存在すると考えますか?存在する場合、どんな理論ですか?

うに
反論の余地がないというより、反論したら矛盾が生じて己の首を絞めるから反論すべきではないとされる理論ならたくさんありそうな気がしますね。
たとえば、人が自分を守るために生み出した道徳や倫理みたいな思想は、本来他者を見下したり攻撃性になり得る事を罰とし安全性を守りましょう的な話ですが、その場合道徳や倫理を持ち合わせていない人は構造的に下に置かれるので道徳や倫理を表沙汰に構えた瞬間それはある意味“非道徳”になり得るとも言えます。
存在する場合どんな理論なのか、と言われますと上記の事を書いた上では非常に難しく妥協的な答えをしてしまいそうなのですが、強いて言えば幽霊や宇宙人、天国と地獄、神話の話などは完全否定ができない時点で「完璧」であるとも言えてしまいそうな気もしますね。

🪐 𝖀𝕸𝖆 🪐

つんつん
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まりるん

KINO KO
空の要素から「それは成立する」と言っても空の要素で「それは成立しない」と言えてその議論自体が空になります
空は存在しない?空は存在ではないですよね

りお
嫌われる勇気で青年も反論してるし、自分でも考えたり他の本読んでみたけど、結局ここに行き着く。
盲信はしたくないけど、今の所は人生において最強理論だと思ってる。

KINO KO
「それってあなたの感想ですよね?」という反論をしたとしても状況次第でさらなる反論が可能でありこの反論自体が個人の感想ともなります

K
現実世界の理論は自然科学・社会理論を問わず反証可能性を持ち、暫定的であり、新データにより更新されることを前提とするため、完璧性とは構造的に両立しにくい。もし完全に反論の余地がないなら、それは理論ではなく信仰・公理・定義のいずれかに近づく。また「完璧」とは何かを分解すると、内部に矛盾がないという論理的完璧、観測範囲で例外がないという経験的完璧、疑いが消えたという主観的完璧の三種に分かれ、これらは区別されるべきである。さらに反論の余地が消える理由は、個人内部で問いが停止する心理的完結と、体系が閉じて階層依存的に相対化される構造的完結の双方に起こり得る。形式体系では内部的に反論不能な定理が存在しても、より上位の枠組みからは公理自体が再検討されるため、完全性は常に階層に依存する。したがって問題は完全性の有無ではなく、理論がどの階層で閉じるかにある。

🐦🔥いのち🐉
これは親友からの又聞きなので
私のロジックでは語れないです

2528マサ
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