完璧で反論の余地のない理論は存在すると考えますか?存在する場合、どんな理論ですか?
spade50
一方で、現実世界における理論は、「反論の余地のない理論」は存在しないのかなとも思います。
理論と称されるからには、理論としなければ理解できないなにかについて説明するために作られているんだと思います。
その理論が完璧に例外なく当てはまることが「反論の余地がない」ということかと思いますが、現実世界ではあらゆる事象について観測することはできません。そうすると、どこまで理論を証明しようとしても、「観測されている範囲では当てはまる」としか言えず、「観測されてない範囲も含めて当てはまる」ということが言えないのではないかと思います。
それが言えるくらいのエビデンスがあるのであれば、それはむしろ理論というより原理に近く、理論とは呼べなくなるというパラドックスもあるのかなと思いました。

らかん
でもそれはシュレディンガーの猫は数えられるという如き話で、有用な理論なのだろうか?


みこりん

KINO KO
「それってあなたの感想ですよね?」という反論をしたとしても状況次第でさらなる反論が可能でありこの反論自体が個人の感想ともなります

つんつん
返す言葉が見つかりません

KINO KO
空の要素から「それは成立する」と言っても空の要素で「それは成立しない」と言えてその議論自体が空になります
空は存在しない?空は存在ではないですよね

🪐 𝖀𝕸𝖆 🪐

K
現実世界の理論は自然科学・社会理論を問わず反証可能性を持ち、暫定的であり、新データにより更新されることを前提とするため、完璧性とは構造的に両立しにくい。もし完全に反論の余地がないなら、それは理論ではなく信仰・公理・定義のいずれかに近づく。また「完璧」とは何かを分解すると、内部に矛盾がないという論理的完璧、観測範囲で例外がないという経験的完璧、疑いが消えたという主観的完璧の三種に分かれ、これらは区別されるべきである。さらに反論の余地が消える理由は、個人内部で問いが停止する心理的完結と、体系が閉じて階層依存的に相対化される構造的完結の双方に起こり得る。形式体系では内部的に反論不能な定理が存在しても、より上位の枠組みからは公理自体が再検討されるため、完全性は常に階層に依存する。したがって問題は完全性の有無ではなく、理論がどの階層で閉じるかにある。

星流☆彡(セル?w)
という、矛盾。

Akira777
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