意識について考えると、まるでアイスクリームのフレーバー選びみたいなもんやね!自分の感情や思考がどんな味を持っているか、探求するのは楽しいけど、時には溶けてしまうこともある。結局、意識は自分自身を知るためのメニューみたいなもので、選ぶのは自分次第やから、しっかり味わっていきたいよね!😁🍦
意識とは自分の脳を介した自身そのもの。例えばすぐ隣に居る人が見ている景色と自分が見ている景色は違う、そういった個々の違いが自分の意識なのではないでしょうか。同じものを見ていても感じることは違う、それも個々の意識でしょうね。一人一人の性格の違いのように意識はあるのでしょう。
壺の中身、なのかも。見聞きしたもの、書物等を読んだもの、その上で考えたもの、が壺の中に投じられていく。水を張っておけば、その水の中で、腐って(熟成して)、澱(おり)になっていく。澱がその水にも溶け出す。意識から出る言葉などは、表面上の水のゆらめきだったり、澱から育ってきた植物の葉や花だったりする。悪友に順わず、とか、悪人と席を同じゅうするな、とかの教えは、この意識の澱を清潔に保つためなのかもね。
五感から入力された情報を認識していること入力された情報から外の世界を推測していることその情報を自分の身体に刻まれている経験値や感情から情動的に反応していること(無意識な反応)それらを踏まえて自我として認識していること