自分の認知と異なる事を伝える事が一般的な嘘だと思いますが、その認知そのものが真実なのかそうで無いのかによって、本人が嘘をついていても結果的に本当の事を言っていたと言う事はありますよねなので、嘘は概念でしか無いのかもしれません昔、誰々と付き合っていたも、付き合ってたと本当に思っていた人物が違う認知であれば、厳密には嘘になるし亡くなってしまった親がいるとして、明日親が会いに来る!も、その時点では嘘をついている自覚はあってももし亡くなってたと思っていたのは育ての親で生みの親が会いに来たら、その時点で本当になりますよね🧐どこまで行っても真実とは違うという嘘と嘘をついていたにも関わらず、最終的には真実だったという可能性もあるので現時点での嘘と未来にも嘘だったはまた別物なのかもしれないです難しいですねー😅長文乱文失礼いたしました
私は“悪”と仮定します。あらゆる可能性を考慮しますが、ひとまず例外は無いものとしています。逃げる、誤魔化す、屁理屈、“嘘”を分けて考えています。嘘は真実をひん曲げる行為です。小さな波紋も何れ大きくなり、大きな真実をも揺るがすと考えています。“相手を思う嘘”は無く、”傷つく誰かを見たくない”という利己があるとしています。“真実”をただ語れば良いという話ではありません。伝え方、そしてタイミングがあると考えます。“嘘”しか手段が思い付かなかったなら、それは自身の至らなさと考え、吐く時はそれらを背負う覚悟を持ちます。嘘を吐くなら悪として。自身の弱さゆえです。必要悪でもありません。結果誰かが助かったとしても、罪を背負うものとします。そうありたいです。