愛することは衝動ではなく、技術であり意志と努力が必要です。エーリッヒ・フロムの愛するということの本に書かれていることが自分の中にある愛の定義にかなり近く感じました。相手の自由を奪わないこと、知を与えること、心を赦すること、相手の健康や成長を気にかけること 等 対象が違えば当然定義も変わります。
自我が生まれ自愛によって満たされた時、親や他者を愛することが出来る。愛とは幼い時に愛された人ほど鈍感で愛とは空っぽから埋めた人の方が深く、また愛しても愛しても無くならない。注がれ続けるものかなぁ愛されないと感じていても、それは執着でこの世界からは愛されているから生きているのだと考えます。
抽象的ですが、大好きな祖母が亡くなった時、悲しみと共に胸の奥でじんわりと残った気持ち…偲ぶ心は確かに愛でした。ああ、私はこの人から沢山与えてもらったのだと。もしかしたら一方的に貰ってばかりだったかもしれません。見返りを求めず、かつそれが許される関係性において、愛は静かに育まれるのかなと思いました。