「生きがい」とは私はこの為に生きていると思える何かのことを指すのでしょうか。その場合生きる目的意識があるのでしょう。人間は誰も意志を持って生まれてきたわけではないから、目的というのは後から自分で決めるのでしょう。その場合、生きがいとはこれであるという真実は無くなります。みんなちがうわけですから。ただし、自分の生きがいは自分で決めるべきなのです。私にとって生きがいは楽しむことです。急に始まった、用意されたこの人生を楽しむことなく終わるなら、なぜ私は生きなければならないのか分からない
INTJらしい答えとかなく、皆さんバラバラですね。私は何故か子供の頃から棺桶で満足気にしている自分(老人)のイメージ映像が頭にあって、迷った時の価値基準が「死ぬ時にこの選択に胸を張れるか?」です。だから満足して死ぬこと!が夢・生きがいなんだろうなぁって思います。(なんで子供時代からあのイメージ持ってたのかは本当に不思議)
人間が他の生き物と違い、知性を与えられた理由から始まり、それはより強く愛を深く知り、愛から生を実感する為だと。そこから得た教訓を活かし、真っ直ぐ生きていく。感情からも、やるべき事からも逃げていたら良くない。だって人生一度きりだから。知性を増やし、愛せる範疇のもの全てを愛し、それが自己の生き甲斐、生涯に還ってゆく。
他の方と似たようなことかもですが、、自分が生きている理由や目的を見出すことじゃないかと個人的に思います私は「生きている」というより、社会とか仕事とか他人によって「生かされている」ような感覚が強い社会的欲求が満たされていないのか、はたまた生理的欲求すらも満たされていないのだろうか、、
また難しい事言って来るな?生き甲斐と書く。よく生きた証と間違えるのがいるけど、いきたあかしとは死に際に証明出来るけど、生き甲斐とは死んだ後でも思念が残る。生きる為、生きるすべ、目的、愛情、つまり生き甲斐とは物ではなくその人の人生においてなくてはならない、抽象的すぎたかな