理解や思考が及ばない・追い付かないモノへの対処法
理由も添えて

甘い檸檬🍋
見えない聞こえない言わない
tm

風の音
それらを深めておくため
・知識や経験を豊富にする時間を24時間のなかに取り入れる
・自分の思う世界が全てではないとの認識
・「ハプニングは人生のスパイス」とヒーヒー言いながらも楽しく感じる捉え方(性格によるけど)
が事前準備として可能です。
“対処法”、いわゆるそういった状態になったときの対処は
・深呼吸して、呼吸と動機を元に戻す
・「キャパオーバーになってしまった」とネガに考えるとその先の思考(視野)が狭くなるので、「キャパーオーバーになった。さて、何からどう整理しようか?」と自分の状態を受け入れます
A
自分ができることから少しずつ対処を始める「千里の道も一歩から」
B
自分ができないこと、わからないことを他人や責任者に伝えたり任せる(自分の能力限界を知る)
Aでは対処が間に合わない場合はBを優先する
その状態を「経験値・知識・対処法のレベルアップだ」とプラスに考える(プラス思考は視野が広がる)よう考えるクセをつけていくことが大切。
それを意識して生活すると、悩みとか気分とかの改善にも応用が効きます[ウインク]

🪐 𝖀𝕸𝖆 🪐

もちょ
分からないものを分かったことにしてしまうと、そこで思考が止まる。
だからまず、“これは現時点の自分では処理しきれない”と認める。
次にやるのは、対象を一段小さくすること。
全体を一気に理解しようとすると無理でも、定義、前提、構成要素、因果関係、例外のように分解すれば、観測可能な単位に落ちることがある。
理解できない対象そのものと格闘するというより、理解できない理由を観測する方が早い。
また、理解不能なものに直面したとき、人は知性だけで止まるわけではなく、身体も反応する。
焦り、苛立ち、萎縮、思考停止、過剰な一般化などが起きやすい。
だから、身体状態を整えることも対処の一部だと思っている。
身体が荒れている状態では、理解不能なものをさらに大きく誤読しやすい。
そのうえで、なお届かない場合は、時間を置く。
理解は、その場の努力量だけで決まるわけではなく、認知の準備状態や背景知識にも依存する。
いったん離れてから戻ると、以前は見えなかった構造が急に見えることがある。
さらに、必要なら外部知性を使う。
自分の頭だけで届かないなら、他者やAIを使ってスコトーマを外す。
ただし、そのときも答えをもらうというより、どこが見えていないのかを露出させるために使う方が重要だと思っている。
要するに、理解や思考が及ばないものへの対処は、根性で突破することではなく、
分からなさを認める → 分解する → 身体を整える → 時間を置く → 外部視点を使う
という手順になる。

まりるん

りゅか

You

mon

ハンプティダンプティ
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