理解や思考が及ばない・追い付かないモノへの対処法
理由も添えて

あお
たとえば宇宙の果て、複雑なシステム、論理の飛躍――そういったものは、私の中で「色」と「音」と「透明度」で分類される。
私は、地図を描くことができない。すべての場所は点のままで、線にならない。だから、下見をしたり、時間に余裕を持たせることで補う。
振り付けを覚えることも極端に不得意で、これは体が覚えるまで膨大な時間をかけて練習するしかない。
こうした「追い付かないもの」は、私にとって“透明度がない”ものだ。光が通らず、奥行きが見えない。だから、私はその不透明な部分を少しずつ澄ませるために、努力を続ける。
不透明なレンズが努力によって澄んできて、ピントが合ってくるような感覚は、素直に心地よい。
だから私は、これからも透明度のない世界に、手を伸ばし続けたい。
中にはずっと不透明なまま、私のそばに居座るものもあるけれど、決して悪いことではないと思う。

月島チキンステーキ
数学のように分からないものをXとして考えるかな。自分が何をどこまで分からないのか理解するために分解して仕分けていく。
さらに、
図にしてみる。
仮説をたてる。
反論(別視点)をたてる。
アナロジー思考してみる(別の物の共通点を探して考えること。なぞかけと同じ)
もしそれでも理解が難しい場合はしばらく放置すると後で突然理解するかもしれないです。

jupiter41
深く、広く。

リクリ
それでも理解が及ばないものなら、"そういうもの"として扱う。中身が解明できないブラックボックスみたいな。放置でいいなら放置する。関わらない。理解できない以上、自分に有益にもならないし、持て余すだけので。
それがもし、自身に対してなんらかの攻撃性を持つなら、回避、防御、攻撃などの手段をとる。
って感じですかねぇ( ˙꒳˙)

たっつー

かっちゃん

たむい
たいていは後から理解が追いついてくると感じている
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