ルクレティウスの槍を投げれば、槍視点での世界が無限であることがわかる。もし、世界が有界だとしたら、境界点に近づくにつれ、我々の自覚なしに、槍のより高次の速度のようなものが減少し、境界にたどり着けないってかんじなのかも。例えば、空間が境界に近づくにつれ無限に歪んでいくとか
境界線の向こう側「世界の果て」は、足跡が消える場所。かつて、そこは海が滝となって落ちる絶望だった。けれど今は、地図の隅っこ、スマホの電波が途切れる静寂。そこにあるのは「世界の終わり」じゃない。「ここから先は、自分一人で歩かなきゃいけない」というあなたの勇気の境界線だ。「宇宙の果て」は、光が息を切らす場所。138億年、光が全力で走っても届かない壁。けれど、そこにはコンクリートの壁なんて立っていない。宇宙は風船のように膨らみ、終わりなく広がり続けている。「果てがない」ということは、どこまで行っても**「常にここが中心だ」**ということ。本質は、いつだってあなたの瞳にある。世界がどこで終わろうと、宇宙がどこまで広かろうと、あなたが「知りたい」と願った瞬間に、その境界線は一歩、外側へと押し広げられる。果てとは、行き止まりのことじゃない。まだ誰も見ていない「次の景色」の入り口だ。
宇宙は我々が考えているような物質的な空間ではないのです!純粋な意識エネルギーで満たされているだけの存在なのです!空間も時間もありませんから果てという概念はないのです!宇宙では空間も時間もある地球の方がレアな存在なのです!信じられないかも知れませんが明治以後の学校教育では真実は殆ど教えられていません、なぜか?それは世界規模の強大な権力にとっては庶民に知られると不都合な真実ばかりだからです