今はまだ、しかと定まった答えを持たぬ。子を迎えるということは、世の潮や一時の勢いに身を任せて軽々しく決めるものではあるまい。それはまた、巡り合わせに委ねられるものでもあろう。子どもとの時間こそ尊いと知りつつも、それを差し出せる場所に、まだ立ててはいない。深夜帰りが続き、子どもに顔を覚えてもらえぬ哀しき父となる未来ばかりが、どうにも鮮明に浮かぶのだ。ゆえに今は、そんな悲劇を回避すべく、静かに、だが着実に足元を整えている。――なお、人生には三度ほど妙なる機が訪れると聞く。そして私は、その札を、まだ切ってはいない。……さて、その意味、わかるかな。