哲学と宗教はどう違うんですか?
今までキリスト教も仏教も見てきたら宗教と哲学の違いがいまいちわからなくなりました。

わをん
宗教は外部への依存

蘇我靈眩導師准尉
が
宗教は示されている
だから「宗教哲学」は人生を賭ける価値が生まれてしまうんだ。故に悩み惑い迷い続ける。決められた宗教に従う方が「楽」だからみんな従って権力を育ててしまった歴史がある。神を探すより昔の人の話に倣う方がマシだと思うからね。

吉田賢太郎
宗教は霊

Yahaa!

月夜

KINO KO
結論は出しますが一つの論です
一つの論の解釈も様々です
後進によって温故知新が起こる事も多々あります
宗教は真理を前提にします
すでに結論は出ています
ただし後進によって解釈は変化します
解釈の変化は本来矛盾です
特に仏教は教義に矛盾を内包する宗教なので違う宗教に見えるほど解釈に差があります

めなっち
宗教は信じることから始まる。
もし哲学を信じることで生きやすくなるなら、それは哲学教(たぶんそんな言葉はないw)。
逆に、宗教に問いを投げかけて考え続けているなら、それは宗教哲学(これもたぶんないw)。
つまり、哲学は信仰の対象になりうるし、宗教は思考の対象にもなりうる。
もう少し違う目線で見ると、
哲学は不安を抱え続ける練習で、
宗教は不安を委ねることができる仕組みとも言える。
そう考えると、哲学の中で自分なりの答えを出し、
その答えに不安を委ねて生きているなら、
それは「自分の考え教」になり得るのかもしれない。
こういうのって、いろんな目線があると面白いよね。
ちくたく
ただ必ずしも両者の境界や関係は固定的ではなく、時代や思想体系によって、哲学が宗教を支えたり批判したり、宗教が哲学的思考を内包したりする場合もある。
単純に赤と青とかって言うように対称的二分法として把握できる事柄ではないと思う。

如月
宗教…人間を超越した存在(神や仏など)への信仰や、それに関連する教え・行事・体系のこと
違い…哲学が理性的・理論的な思考で普遍的な真理を追究する「学問」であるのに対し、宗教は超越的な存在への「信仰」を基盤とし、教義や物語を通して人々の救済や人生の指針を提供する点
九竜
道徳哲学やが
宗教も頭から否定せずに
良い事を言っているところは
貪欲に学び取って
自分の人生の糧に出来るなら
儲け物だから
頭から否定して掛かるよりも
何かしらのことを学び取るくらいが良いが
それを信じて救われている人が
いる訳だから
それを頭から否定すれば
自分が信じるものを否定された人は
自分自身が否定されたと捉えて
敵対してしまうが
敵をつくってしまうから
いろんな宗教があって良い訳だが
それが人間社会を害さず
円滑に運ぶものであるのなら
儂は肯定した方が良いと思う訳だが
哲学にも宗教にも根幹には
揺るぎない宇宙法則(唯一普遍の法則)があって
それに従って進化永続して行くことが
大切だから
それは哲学と宗教
どちらの観点から入っても
変わらないものだから
道徳哲学や宗教の何から入っても
悟りの境地に至らねば
意味は無い訳だが
通ずる悟りの境地は一つしか
無い訳だから
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