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めなっち
回答数 180>>
宗教は信じることから始まる。
もし哲学を信じることで生きやすくなるなら、それは哲学教(たぶんそんな言葉はないw)。
逆に、宗教に問いを投げかけて考え続けているなら、それは宗教哲学(これもたぶんないw)。
つまり、哲学は信仰の対象になりうるし、宗教は思考の対象にもなりうる。
もう少し違う目線で見ると、
哲学は不安を抱え続ける練習で、
宗教は不安を委ねることができる仕組みとも言える。
そう考えると、哲学の中で自分なりの答えを出し、
その答えに不安を委ねて生きているなら、
それは「自分の考え教」になり得るのかもしれない。
こういうのって、いろんな目線があると面白いよね。
コメント
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鬼はーふく、 ふくはー鬼!って言っててつぼった𐤔𐤔

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第一印象大事だよね😎
でも想像力豊かだからみんな美化しちゃうよね笑

たくみ
やっぱ手を繋いでくるとか??笑
あと、自分に対してずっと笑顔で見つめて甘えてくる仕草が、刺激的でドキッとするかも😇

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仮にその人を失ってしまった時、一人で立って生きていく方法を忘れてしまいそうで
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哲学教はわかりませんが、宗教哲学はれっきとした哲学の一分野ですよ。