自分の意見や思考が社会に拒んだとき、どうする?
たれぱん
もし、社会に拒まれて、仕事がなくなったら収入が0になるので困ります。
社会から拒まれる理由を調べて対応を考えます。自分の意見や思考を通したいところですが、多数に対して調整するのはナカナカ難しいです。まぁ我慢して仕事を続けながら、新しい職場を探すかな。
仕事に関係がないところで、自分が正しいと思う時は、その社会から距離を取りたい。引っ越すとか、、、
自分の正しさを証明するより、その労力をワクワクすることに使いたいかな。

コバンざめ

ナトル
それに 拒んでいるものの中心人物ってその拒む ネタを提供した相手が無視したり 相手にしなくなると途端に愚か者に変化しちゃいますよね
言葉 合戦ではありますが 言い争いになった時に 途中で 黙り込む 人いるじゃないですか!
それでももういいとか話を一旦 線を引くタイプもいれば 、言いたいのに口に出てこない 言いたいことがあるのに全部言い返されるからもう ネタがないから何か言いたくても言えない みたいな態度をとる人で同じ 途中で無言になったという事実であっても内容が全然違うかったり その人の力量が分かったりしますよね
【つまり 自分が OK ならばそれでよし】

🎮💧

たくひら
社会が拒んだということなので、もし仮に自分の意見が自分からは正しくとも社会的には異なるというのであればどのように折り合いをつけるか自分の中で考えます。
或いは自分の意見が正しく、社会的にも十分に意義があるが、しかし理解を得られなかったのであれば、言い方・伝え方・話の持っていき方・その順番を考えます。
さらに自分の意見が正しく、社会的にも十分意義があり社会もそれをある程度理解しているが、私が気に食わないから拒んだのであれば、それは仕方ないので本当に大事であれば誰かにお任せするか、多分このタイミングで私が拒まれたという事実がおそらくこの社会にとって大事なんだなと納得して引きます。感情を動かすには時間がかかるので。
その上で私が間違ってたら誠心誠意謝罪する。こんなところじゃないですかね。

コーユー
「意見」「思考」「社会」は、どれもかなり抽象的な言葉です。
具体的に掘り下げてみると、特定の人の発言や制度に問題を感じているのかもしれませんし、自分の意見の矛盾や、うまく言語化できていない部分に気づくかもしれません。
具体と抽象を行き来しながら、多角的に捉え直すことで、本質が浮かび上がってくると考えます。
なので今回のような場合、私は先ずは何が起きているのかを見極めることから始めます。

サト
「思考を社会が拒んだ時」ならだけど
自分を一度疑って再確認
それで社会の方が正しそうなら意見を調整
自分が正しそうなら意見を内に持ちながら「まあルールなら仕方ないか」という判断かな
「思考が社会を拒んだら」なら
1度その社会を外から見てみる
中にいたら苦しいから外からその形を見直してみる

