哲学って、よし、やろう!って思ってやるんですか?
小さな疑問、気になったテーマを常時考えていますが、考えようと決めて取り掛かってはいない。その思考をもとに話すと、賢い(嫌味)とか言われるけど賢く見せるために考えてるわけじゃなくて、思考が当然だと思ってるんだけど
そうだ哲学しよう、っていう入り方って多いんですか

ハリー

jwB
何故この人生を歩んでいるのか
今の人間関係は自分にとって何なのか
日々その場しのぎではなく常に意識して
見つけた答えが自分をつくる元となる
哲学は自分をつくる物
それが次の時代に重要になってくる
AIに頼れば自分を失う
自分で全て問題を完結出来なくなる
二極化とはこの事
まだ間に合う 自分を見つける

ゆう
その人が気になること、疑問に思うことは様々ですよね。質問者様にそのような言葉がけをされる方はきっと興味関心が他の分野にあるのだと思います。
「哲学」と名前をつけるのも不思議なことですが、何事においても相手の考えに興味を持って接していきたいですし、興味を持ってもらいたいと思ってしまいます。

たくひら
と、考えていくと、「さて、スマホ触るか」となった瞬間に哲学の入り口に私は立っているのかも知れませんねw

tetra

三日月子

ナトル
儿(じん)
自然と湧いて考えているものです。
大便だって無かったら何も出せません。
自然と溜まって出てくるでしょう?(^ω^)

みやまる
やろう!って言うより、、
その考えは人生でも役に立つ考えになるかもなって。
まぁ好奇心だったりもするが…考えを深くしたいだけ。答えがないんだから、広くだってできるしな。

えるえふ(↵)
名前(ラベル🏷️)のついたものであれば整理が捗るという手法の実体験からの延長線上にあるものとして考えてます。
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