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憎しみとは相反なのか。相対なのか。※本文あります。

言葉の定義や対義語、辞書的な意味ではなくて、 あなた自身の経験や感覚、考えから自由に答えて下さい。 憎しみは、何かと反対になることで生まれるのでしょうか。 それとも、何かとの比較や関係の中で相対的に生まれるのでしょうか。 あるいは、そもそもこの二つでは分けられないでしょうか。
SUZUME

SUZUME

『相反(愛の反対)』という視点は
部分的には正しいと思います、
憎しみは愛のエネルギーが
反転したものであり、
無関心の対極にあります。

『相対(状況で変わる)』という視点、
これも正しいです。
環境、時代、視点、体調等によって
憎しみは形を変え、
絶対的な悪ではありません。

しかし本質は別で、
『どちらでもない、
 人間固有の不条理』
なのではないかと思います。

憎しみとはおそらく
人間が
『傷ついた』という個人の真実と、
それでも
『生きて守るべき自己』との間で
激しく火花を散らす
自己進化と生存の為の
泥臭くも不可欠なエネルギーの様な
別の何かなのではないでしょうか。

人間として懸命に生き、傷つき、
自分を守ろうとしている
『動的なプロセスそのもの』だと
言えるのではないかと思います。
哲学哲学
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サト

サト

なぜその二元論なのかというのが疑問

その憎しみについて
起因はなんなのか
生成過程は
生成物はどんなものか
それがどう発露するか
滝のように多岐にわたる

その上で
「怒りは相手をどうにかしてやりたいという接近感情だ」
という話を聞いた時には
なるほどなと思った
哲学哲学
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Sana ✨

Sana ✨

相反というのは 比べて 2者が反対に位置するということで 相対に含まれる概念だと思います 質問者は ことばの辞書的な意味は不必要だと補足していますが ことばが正しく使われていなければ 議論できません 憎しみというのは 自分の存在をおびやかされたり 自分の快を損なわれたり その可能性があるときに 対象に対して抱く感情であって 相反とか 相対といった関係性の認識から生じるものではないと思います
哲学哲学
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ナトル

ナトル

最初は相反するものと思います ただ 世間の情報とかによっては双方が一致することはあると思います
哲学哲学
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