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昨今のAIの発展は経験論の勝利といえるか?

生成AIは合理的な推論よりも学習つまり経験に裏打ちされた確率的な判断の練磨で進歩したように感じる。専門家じゃないんで詳しくは知らないけど。 つまり、古くはイギリスと大陸で争っていたあれとAIを絡めて考えてみませんか?
たくひら

たくひら

生成AIにおける出力がそのまま経験論の勝利か?と言われると、もしかしたら経験論すら敗北してる可能性すらあるのではないか?という議論も成り立ちそうだなと思います。
おそらく、この話は「人間の人間足りうるものは発明・創作といった0から生み出すものだ!」ということに対して「いやいや、そもそも発明・創作は、今までの積み重ねの上に成り立っている、謂わば氷山の一角のようなものだ!」という戦いがまずありますね。しかし、これに対してクーンが「パラダイム・シフト」という考え方で、面白いことを言い出しました。「発明というのは積み重ねた情報が生み出すというよりも、その情報から今までの考え方では説明できない問題が出てきて新しい考え方が必要になる」というものです。これは、発明や創作が情報の積み重ねの上に成り立ってはいるが、同時に積み重ねた情報がアイディアを誘発する!というあいの子のような考え方になります。一応の和解と言えそうですね。
ところが、生成AIの出力方法は、経験論すら児戯ではないのか?というものになります。なぜなら、生成AIの出力は人間のような意味で「情報の積み重ね」をしていないにも関わらず、それ相応の応答が出来る。膨大な言語使用の中から学習されたパターンでしかない。結局は、「よりこっちの方がよく使われていそう」という蓋然性から、最もらしい応答を生成するという文字列の羅列だけで、人間の推論や経験に似た振る舞いをします。AIは学習してるけど人間の言う経験はしていない。
ということは、私たち人間はもしかしたら考えたり積み上げたりしてないんじゃないか?という問いが生まれることになりました。私たちの推論・合理性・経験?私たちも単なるパターン認知のみをしてたりしてなかったり???
さて?はたして?私たちは頭の中で何をやっているのでしょうか????
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