「誰が読んでも人生に衝撃を与える本」がある。この本を読む前の私と読んだ後の私は同じ私なのだろうか??
※時々、コメントで突っ込むかもしれません(´・ω・)

フレム・チェンバース
きみたち にんげんは いでんしを コピーして さいぼうを ぶんれつ させて いきてると ならったよ
ってこたぁ いっしゅんで べつの なにかに うまれかわってると いうことだ!!
CROWNクラウン
本あまり読みません

セナ

かざ
例えば、最上川は常に流れ続けていて、
その流れる水はその川の水ではあるけれど、
その川自身ではない
数十秒から数分でその川の水は流れていくけれど、その最上川自身が流れてしまうことはない
水が汚れてしまった時は、一時的に"汚れた川"にはなるかもしれないが、
流れ続けている限り、清らかな川に戻ることもある
人は、"時間という水が流れる川"のようなもの
のように思う
人生に衝撃を受けて生き方が変わったのであれば、流路がかわったようなもので、
後から振り返れば、それもまた"私"なのだと思う
たれぱん
もし考え方が変わったのであれば、自分は前の自分と変わったと認識すると思います。ただ、行動しなければ、いずれ本から受けた「衝撃」を忘れてしまい、元の自分にもどるのでは?
他の人から、あなたを見る時、行動が伴わなければ、何も変わらないように見えます。行動を起こして初めて「新しい私」と言えるか

マーロウ
連続性としては同じ私でしょう
しかし、「読む前の私」と「読んだ後の私」は、「子どもの私」と「大人の私」のように差異はあるとも言えると思います[にこやか]

風の音
いじめ・臨死体験・失恋・愛しき人の死、明るいところではバイクやパラグライダー、スポーツなどそれまでやったことのない楽しいこと…
など、人生には本以外にも何度もインパクトが訪れます。
外的要因は心境や性格、考え方なんかが変わる可能性が出てきますが、これらは全て「私の」がつきますので、別人のように変わったとしても「私は私」だと思います。
👻
そもそも今すでに自分は生まれた瞬間から自覚のある自分だという確証はありますか?少なくとも他の生物全員が「俺は俺だからさー」なんて思ってならめちゃくちゃ面白いですが

ナトル

ふばだい
10年後にまだ戻ってない、とかもあるのかもやけど
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