ここに『美しい像』という題名の哲学的像がある。この像を美しくないと思ったときは、像が美しくないのか、あるいは、美しい像を美しくないと思う観測者側の要因か?
この世界は美しいのか。
自分は美しいのか。
自分の心は美しいのか。
幼稚園の頃はまったく琴線に触れなかったアイドルや歌手を、あるときから美しいと感じるようになったり、その逆もある。
美しいとは対象の属性なのか。
主体の観測・認識が作る評価なのか。
※ 主体と客体や、本質属性と観測系を扱う問いですが、これに限局する意図はありません。

サト
美しいかどうかは主観の評価
世間的評価は多数決
像は像としてそこにあるだけ
だと思う
たれぱん
その感覚は相対的なものであり、客体は変わらなくても、主体の環境というか状況の変化によって、とても美しくもなるし、何も感じなくなるかもしれません。
例えば、、、
主体が一番「美しい像」として、映画の俳優をイメージしていましたが、リアルの世界で恋愛が始まると、客体が一番ではなくなるかもしれません。

パン

Jotak
昔の日本では目が細く下膨れの顔で太った体型の女性が美しかったそうですね。

