未来へ進むために必要なものってなんだと思う?(本文あり)
未来と聞くとしっかりと前を向いて前に進めばいいんじゃない?
って思う人多いと思う。だからちょっとだけ面白い話してみる。
夜空の星を思い浮かべてみて、
星までの距離って何光年とかで表されたりするけどそれってつまり、遠い星ほどその星がより過去に出した光が見えている訳なんだ。
10光年離れた星なら10年前、100光年離れた星なら100年前。
身近な月だと約1.3秒前だね。
そう考えると自分より遥か先にあるものほど過去で自分に近づくほど現在に近づく。
じゃあ未来は?なんか自分より後ろにありそうに思えてくる。
確かに過去は目に見えるけどもう手には届かない。
未来は見える訳ではないけどなんとなく感じとれたりはする。
信頼できる未来なら背中を預けられる。
でも、後ろから今にも刺してきそうな未来だと気が散って前に進めないと思うんだ。

ぽちゃ
せい君
たれぱん
過去は見えるけど、未来は見えず、想像になる。その見えない未来に安心しても良いかということでしょうか?
本文に「未来は見える訳ではないけどなんとなく感じとれたりはする」とあります。
「今」が「過去」に変わって行きますが、その過去から、「未来」を想像していると思います。「今」を信頼できるように行動すれば、「過去」も変わり、そこから想像する「未来」も信頼できるものになるのではないでしょうか?
見えないものは、想像するか、そもそも見ないかですが、私は考えても(悩んでも)結果に影響しない事は考えるのを止めることにしてます。それは、今回のケースでいうと、未来に不安を感じたときは、考えるのを止める、、、見るのを止めるようにします。
「今」に誠実に向き合い、見えない先への不安を手放すこと。それが「未来へ進むために必要なもの」かな。

dagdag56

のりこ

セナ

GUCCI

くま
そもそも「現在」や「未来は存在するのか」
と考えてみると面白いです。
私たちが何かを「今、見た」「今、感じた」と認識した時には、
脳がそれを処理する時間が必要なので、
その出来事はすでに過去になっています。
そう考えると、厳密な意味での「現在」は、
人間には捉えることのできない、
あるいは存在しないものなのかもしれません。
未来はもちろん、まだ存在していません。
だとすると、
私たちの認知の中で絶えず生み出されているのは「過去」だけで、
私たちはその過去の積み重ねや変化の方向から、次に起こることを予測し、
それを「未来」と呼んでいるのではないでしょうか。
そう考えれば、
未来へ進むために
特別な何かが必要なのではなく、
その瞬間ごとに自分がやるべきことをする。
それが次の「過去」になり、
その連続を私たちは後から「未来へ進んだ」
と認識しているだけなのかもしれません。

世紀末覇者ラ王
例えば、明日の仕事帰りにラーメンを食べようと思えば、その未来は今の自分の背中を押してくれる。
でも、このままだとラーメンを食べられないかもしれないと思えば、まだ起きてもいない未来を先取りして、不安になる。
どちらも未来そのものが今に来ているわけではなく、今の自分が未来をどう認識しているか、ですよね。
そう考えると、過去も未来も、そして今の意味さえも、認識によって変わるのではないでしょうか。
私はそんなふうに解釈しました。

たくひら
前へ進む・前を見るという言葉があります。前というのが目的地に近づいている、未来を指すように見えます。一方で「10時10分前」は、9時50分を指します。あれ?前という言葉が過去を示していますね?
そうです、日本語の前という言葉は、実は時間軸を持たない、単なる基準点からどうなのか?という概念しか持ち合わせてない言葉なんです。
その上で更に日本語というのは、意外と時間を「今と永遠」としか理解できていないのではないかという話もあります。例えば能楽は、登場人物はすべて幽霊という設定です。つまり時間的に起こり得たことではない本質的概念を芸事にしたのが能楽。
更にそもそも時間が過去→現在→未来という同線軸上に乗っているという考え方自体、かなり一神教的理解なんですね。しかし、仏教的思想であれば過去も現在も未来もただ「空」という言葉で表すことが出来る。日本語は一神教的影響よりも仏教的影響が強いですからね。必然、過去→現在→未来という構図から外れてしまう言葉がいくつもある。
果たしてあなたのいう時間軸は一神教的時間でしょうか?仏教的時間でしょうか?精緻に考えてみるとより深く潜れると思いますよ。
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