優しさの定義とは?
優しさや、優しい人の定義ってなんだと思いますか?
また、「優しそうに見えて優しくない人」はどんな人だと思いますか?
皆さんの自由な考えをお聞かせ願いたいです。

フレム・チェンバース

吉田賢太郎
誰かの傷を無理に治してあげたり、正しい答えを教えてあげたりすることでもない。
それは、**「相手の心に、土足で踏み込まないこと」**だ。
人はみんな、それぞれ自分だけの孤独や痛みを持っている。
そこに「良かれと思って」アドバイスしたり、「わかってあげたい」と近づきすぎたりするのは、時々、相手のペースを乱す暴力になってしまうことがある。
本当のやさしさとは、その人の痛みをそのままにしておくこと。
相手を変えようとしたり、何かを施してあげようとしたりする傲慢(おごがましさ)を捨て、**「ただ、同じ暗がりの中で隣に並んで立つこと」**なんだ。
言葉をかけなくてもいい。何かを解決しなくてもいい。
ただ、相手のエゴや自分の正しさを消して、相手がその孤独のままで息をつける「風通し」を守ること。
それは、何かを我慢して自分をすり減らすことなんかじゃない。
他者と自分のあいだにある「境界線」をちゃんと守りながら、同じ世界を生きるための、一番静かで、一番強い大人の意志なのだ。

パン
1週間お疲れさま〜꜀( ꜆´⌓`)꜆

あゆ
優しそうに見えて優しくない人....何でも相手に合わせる事とは違うかもですね。
本当の優しさは、自分も相手も大切にする、という事だと思います😌✨

MARK

アオ

🇨🇽nano㌨
優しさは定義できません。
【理由】
万人が共通して同じ行為を優しさだと受け止めることはないからです。これは感情と共通です。
【反例】
話に共感してくれた人、承認してくれた人を優しいと捉える人がいくらかいると思います。
ところが、表面的な共感や承認ではなく、話の中身をしっかり理解してくれた人を優しいという人もいます。
これは時間軸で短期的なあっさりした関係であれば、前者の方が簡単に「良い人」というラベルを勝ち取れますが、長期的には「薄っぺらい、責任感のない人」と言われる傾向にあります。ぎゃくに後者は短期的には「重い」と思われがちですが、長期的には「信頼を築ける人、親身になってくれる人」と評価を上げていけるタイプです。
【ここでの結論】
短期的思考か長期的思考かによって見ている基準が異なる。
※他にも反例によっては違った結論を導くことができます。そのため、解釈が人によって異なる事象は定義できないと考えます。

うし

グレイ
優しさ=個としての不利益を被ってでも、集団の幸福度に貢献しようとする作用
と私は考えてみることにした。
法律や倫理といったヘビーな価値判断までは踏み込まないものの、そうした方が全体の幸福度が上がる(ゴミを見つけたら拾ってゴミ箱に捨てるなどの)道徳的精神の高さが優しさなのではないかと定義してみる。
一方で、優しさ=他者貢献とすると、しばしば共感性が高い=優しいと混同されやすくなる。
例えば、はたから見て同情に値する悲惨な境遇で殺人を犯してしまった友人を庇った場合、その人は優しい人だろうか?
残念ながら、この定義だと社会的には悪、というのが結論である。
しかし、感情的観点からみると友人に対する優しさに見えるという意見の方が多いだろう。
もし、優しさという言葉を主観的に定義するとすれば、それは共感性の高い人間=優しいとするのが妥当だろう。

風の音
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