お金は現代においてもっとも神に近い存在では?(仮説)
神はもともと複数の役割を持っていた。
でも、現代ではその役割をいろいろなもので分担して持てるようになった。
・自然現象の原因は科学
・価値の比較と社会の方向はお金・市場
・善悪の最低基準は法律
・集団の統率は国家と制度
・心の救済は心理学や医療
・未来の予測は統計やAI など
そんな中でお金は、ほかの「分担された神の役割」へのアクセス性がもっとも高い。
そして、神とお金には共通点がある。
預言者、聖職者、神に選ばれた者、信仰の深い者
こういった''神に近い者''が尊敬や権威を得た。
そして現代ではお金を多く持つものほど
能力が高い、努力した、判断が正しい、社会に価値を与えた、発言を聞くに値するなどと見なされやすい。
神もお金も、自分では語らない。
神の言葉は聖職者、預言者、教団、王や支配者。
お金や市場の言葉は企業、政府、投資家、経済学者、メディア、プラットフォームが語る。
神やお金の言葉を解釈し、制度へ変え、他人へ伝えるのはどちらも人間。
こう考えると、お金は現代において神をより具体的に捉えたものだと言える。
言い換えれば、より扱いやすくなった''神''。

フレム・チェンバース
ノクスト
見習い
ただ、ここで言う「神に近い」とは、神そのものという意味ではありません。
私はそもそも、「神には世界の説明、善悪の定義、秩序の維持など複数の役割があった」という見方に少し違和感があります。
むしろ、それらはすべて「世界をどう理解するか」という一つの問題の異なる側面ではないでしょうか。
善悪も秩序も救済も、それぞれ独立した役割というより、人間が世界や現実と向き合う中で現れる異なる側面のように思います。
そう考えると、神の役割が科学・法律・お金などに分散したというより、人類が世界を理解しようとする中で、その一部を扱う専門分野が発達したと見る方が自然に感じます。
お金は人間の価値観や権力を数値化する仕組みですが、科学は人間の都合とは関係なく、世界そのものを理解しようとします。
その意味で、現代社会において神の役割に最も近い位置にあるのは、お金よりも科学だと言えるかなと。
もっとも、「科学が神そのもの」という訳では無いです。
私にとって科学は、人類が現実を理解しようとして積み重ねてきた知識体系であり、例えるなら神そのものではなく、それを読み解こうとするための教典や読解法に近い存在です。

Rics
「お金が神」というより、「価値を貨幣価値だけで測る世界観」に立っている、という話。

おしゃま
お金を神と見るなら「物の価値を測る存在」として生まれた神様がお金。と、言った感じか。
では、「そんな神であるお金をお賽銭や願いを込めて湖に投げる等で他の神への捧げ物にするのか?」という懸念。
コレを解消するなら、「モノの価値」そのものが神という考え方。「どうかこの丹精込めた作品に価値を与えてください」「先祖から代々伝わる家宝に価値を与えてください」みたいな、願いが込められて「価値」が神として成る。その神が生まれたことで必要になった「測る手段」。これがお金だとすれば、どうだろうか。
「ご縁が結ばれますように、5円玉で賽銭を投げる」「割り切れない数が縁起がいいと御祝儀を包む」と、金額つまりお金の数よりもそこへ込める想いが優先されている場合も多い。「この願いが神様へ届きますように」という、各神への願いの橋渡しを祈る神が「価値」。
価値という神が生まれた事でお金は作られた。しかし神とは切り離して、その「価値を測る機能」のみが現在も使われている。「神の誕生による副産物であるお金に、神に似た力や影響力が宿った。」という結論も面白いのではないでしょうか。

じゃんく
「神は死んだ。であれば人はどれほど神に代わる新しい価値を創造できたのか?」
です。
今回はお金を例に挙げてみましたがこれをどこを否定するか、どこを肯定するか、そしてその根拠は何かを見ることでいろんな視点を集めようというのが目的です。
ちなみに俺自身、お金は''価値へのアクセスキー''というのが近いのかなと思っています。
ただ、神は死んだとするにしても運命だったり、神様の仕業とでもしないと説明できないようなことって未だにあったりするんですよね。
でも、その運命も科学で少しずつ説明、操作できるようになってきてるなとも感じています。
なぜ、人は生まれ、死んでいくのか。
その意味や目的を神様ではなく人が説明できる日もいずれやってくるのかもしれませんね。

サト
「そうだね」とも「それはない」とも言える
神なんて曖昧なものどう定義するかは人による
宗教や作品によって扱いや役割も変わるし
受けて次第で解釈も変わる
その上で僕自身は
「それはない」と思ってる
お金自体に神としての機能はないから
それに
賽銭、占い、等々に使われることはあるけど
それもあくまで交信手段
あとは
僕の定義する神はそういうものではない

A

たよ
根本は信頼
信仰によって力を得るという意味ではたしかにそうかも…

らら
そしてお金というのも、個人では及ばないものを得ることができる手段になり得ます。
でも神とお金では扱う範囲が変わります。
お金で大抵のことが叶うようになったとはいえ、やっぱり叶わないものもあります。その時、人は時代に関わらず神に願うのでしょう。
似てても、神と紙切れでは違う。
でも、今まで神様とお金が似てるなんて考えもしなかったから、面白くてなるほどなと思いながら読みました。
持論強いけど、強いからこそ皆立ち止まって考えるのかもですね。
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