ある哲学者が「AIには経験による基礎づけがない」と批判していたが、哲学者の言説にはどのような実証性があるのか。隠された目的により言説を歪めてないと保証できるのか

サト
どんな思想の哲学者がどういう文脈でそれを言ったかわかんないから
持論として一例だけ
ChatGPTとかのパーソナライズしての対話によるユーザーのコミュニケーションパターンの学習は
経験による基礎付けと言っていいんじゃないかなと
個人的には思う
「経験とは?」による部分が大きいから
その哲学者の発言意図がわからないうちは
これ以上、言えることはないかなと思う

たくひら
まず、哲学者の発言ですが、これは一定の批判の有効性は十分にあるかと思います。大前提となりますが、この経験という言葉ですが、身体性を前提とした、世間一般で使われる様な経験とは一線を画した経験ですよね。何故なら、一般的な経験というのは、メルロ=ポンティやフッサール的な解説をするならば「身体に沈み込む様な情報処理を前提とした一連の身体を利用した活動」となり、AIには身体がないから当たり前だよねで終わってしまう話です。では何を意味するかというと、いろいろ候補は出てくると思いますが、私がパッと浮かんだのは、「言語学的な形式論と意味論」の中で語られる「経験が意味を生み出す」という話でしょうか。AIの使っている言葉は、統計上人間が使っているものを借り物として利用しているという意味では、AIは伝えたい自分の考えや意志を何とか言葉にすることは今の原理上ない。この何とか伝えたいと思って何度も言語化した結果意味が付いてくることを経験と言っているのかもしれません。とりあえず、長くなっているので、これ以降は他の人に譲りたいと思います。

並行次元
哲学者だって自分で唱えている言説以外のものを深く捉えられているかと言えば、なかなか難しいんじゃないかと思います。

