カントが理性の限界を示してたことが、後世の哲学に与えた影響は何か

モンキーモンちゃん

屁 身出男
Sana ✨
ヘーゲルでも ニーチェでも ドゥルーズでも なんでもいいから 一読してみてねー
ウィトゲンシュタインの論理哲学論考(語り得ぬものには沈黙しなければならないってキラーワードも登場)は 掌編だから
すぐ読めるよー

男60GTアゲイン!

ケイ
哲学に理性を使って、理性そのものを批判するという新しい視点をもたらしました。
人間の認識可能性や言語・科学の限界を考える方向へ変えました。

興味
理性の限界は認識の限界でもあって、悟性概念は人間の認識を機能に分解していく側面があり、機能主義の展開や今日における情報科学的なアプローチに繋がる直感をも大きくサポートしたのではないか
と考えています。

シズ
「人間の理性は、何を知ることができ、何を知ることができないのか。その境界を自分自身で明らかにしなければならない」と考えました。
カント以前には、人間の理性を使えば、世界の本当の姿を理解できるのではないかという方向の哲学が強くありました。
ところがカントは、私たちが認識している世界は、単純に「外界そのもの」を写し取ったものではないと考えます。
「人間の認識から独立した世界そのもの」を区別しました。
カント以後「そもそも人間は、どうやって世界を知っているのか?」という問いが中心になっていきます。
これは哲学史上の大転換です。
カント自身が「コペルニクス的転回」と呼んだ考え方です。
ここから、フィヒテ → シェリング → ヘーゲル
などへつながります。
彼らは、「カントが『物自体は認識できない』と言うなら、では人間の意識と世界との関係をもっと徹底的に考えよう」と進んでいきます。
特にヘーゲルは、カントが設定した「限界」をさらに乗り越えようとしました。
カントの影響は、
ヘーゲル → マルクス
ニーチェ → ハイデガー
フッサール → 現象学
フレーゲ・ラッセル → 分析哲学
など、非常に多くの方向へ枝分かれします。
特に現象学では、「人間には世界がどのように現れているのか?」という問題が中心になります。
さらにハイデガーになると、「そもそも『存在する』とはどういうことなのか?」というところまで行きます。
カント以前の哲学が、「世界の真理をどうやって知るか」を問い続けていたとすれば、カントはその前に、「そもそも人間には、何を知る能力があるのか?」
と立ち止まった。そして、この「立ち止まること」が、後の哲学を大きく変えました。
だからカントは、単に「理性の限界を示した哲学者」というより、「理性が自分自身の能力と限界を問い始めるきっかけを作った哲学者」
と捉えると、かなり本質に近いと思います。

影○@(´Д`


Sasha

せいたろう
これは西洋近代の、知恵を見直すことになった
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