太陽の燃え尽き、宇宙の均質化は長期的な人類存在の無意義さ、持続可能社会志向の空虚さの証明になるのか?

B3tyx_
「ある言葉や物事、行動が、現実において持つ「価値」や「重要性」のこと」
を指すらしい。
つまりは、意義とか虚無さは主題の規模による。
宇宙規模で見れば、人類存在の意義って全くない。ただし、AさんがBさんに対する存在意義というように、個人対個人といった小さなコミュニティにおいては、関係値にもよるが存在意義が生まれうる可能性があるのも事実である。
太陽の燃え尽き、宇宙の均質化は長期的な人類存在の無意義になるかと言われると、宇宙規模なら無いと言わざるを得ないと思う。
ただ、持続可能社会志向というのは、別問題だと思う。持続可能社会志向はそもそも、目に見えた終わりが見えないと消えないからである。例えば、極端な話だが10日後に消滅するなら持続可能社会志向は必要がない。逆にいつ終わりが来るかわからない、まだまだ続く可能性があるからこそ持続可能社会志向が必要であると言うだけの話であって、虚無さの証明にはならないと思う。

風の音
「だったら今を必死で生きたり進歩や技術革新を目指すことは不毛で必要のないことか」
というお題には確かに一理あるとおもいます。
しかし、過去に繁栄し、いまは滅亡した生物は不毛であったと思いますか?
時を経て人類が誕生し地球を蝕んできたこと、過去に何度も争いが起き共食いじみたことをしてきたこと…そうした過去からの遺伝により今の自分達がグラで楽しんだり、あれこれと悩んだりしていること…
これらは無意味だと思いますか?
人は物事に対して多様な考え・受取りをするため、これらが無意味なことなのかは人それぞれの考え方によりますが、オレは今、自分が生きていることに対して無意味さも、逆に意義も見出だせません。
ただ自分の一生を精一杯生きて、走馬灯をつらく苦しい映像で埋まらないよう空を見て、胸を張って楽しく面白いことを探して暮らしています[笑う]
おそらく絶滅した恐竜達も、毎日の食料を探し精一杯生きていたと思います。
それは人間という動物も同じで、いつかアンドロイドが人類に代わり繁栄する時代まで、遺伝子が精一杯後継相手を求め続けるのでしょう…
生き物とはそういうもので、終焉を見ていても無意味さも空虚さも感じない人たちがいるため、「証明はできない」というのが俺の考えです[惑星]

豆腐の人生に乾杯
証明とはならないと考えます

奏いち

まめプー
その前に人類が存在しなくなっているかまたは、異なる種に変化してる可能性があると思います。
個人的には、人類か今の様な形で存在していられるのは1億年も無いと思っています。
気候変動は人類の活動によるだけでなく、地球の周期的な変動もあると思うので、生物的な変化が起こってもおかしく無いと思います。
そうなった場合、今の人類の存在を誰(新しい種?)がどう証明するのかは興味あります。

ちき
NB
人間はもっと小さな視点で自己満足しないとね。
ハミルトン

ラチャ
問いとして答えるならね。
ただ、他にもっと興味が惹かれる問いはあるし、そこを突き詰めていったところで価値あるものが生まれるとは思えない。
端的に言えば興味がない。

サト
なんでそう繋がるの?
太陽が消失したます
じゃあ人類存続のためにどうしましょう?
という話では?
代替太陽を考えるのか
外宇宙へ出るのか
サイボーグ化等適応化するのか
そういうことなんだと思う
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