幸と不幸ってなんなのでしょうか?幸せな感情と不幸な感情から逸脱して、寝て起きて時々食う、予約日に心療内科通院と弁護士面会して無気力な日々を送っています。

かざ
不幸だと思うことを不幸だと思えること
恐らく今は心を揺らがす余裕がなくて、
何も感じないで済むように心身が防御してる、
あるいは防御すらできない満身創痍なのかなあと。
無理せず、回復に努めて❤️🩹いただきたいです💦
焦らないでくださいね。

風の音
朝、目が覚めたことに幸せを感じる人もいれば、朝目を覚ましたことに悲しみを感じる人もいます
同じ出来事であっても人によって感じ方が違うし、幸せそうにみえる人が実は深い苦しみを乗り越えた後なのかもしれません。
また、大きな幸せを望むばかりに、日常の幸せを「当たり前のこと」と思い見失うことも多々あります。
他にも、それまで「幸せ」に感じていたのに、他の人と比較してしまったばかりに不幸せに転換してしまうことや、その逆もあります。
このように、幸不幸はそのくらい曖昧な線引きなので、考え方を変えるだけで感情を逆転させることが可能です。
お題の人は、幸せも不幸せも感じないことが“幸せなのか、不幸せなのか”、それすら感じないとしたらそれは幸せなことなのか不幸せなことなのか…
これもお題の人にしかわからない感情です。
不幸を感じないのは、ある意味幸せなことかもしれません…?
もう1つの内容、「無気力を改善する」には、体力をあげるのが即効ですが、ノートに不可能でもいいからやりたいことを書き出す、ドーパミンやクエン酸のサプリでサポートする、自分がすごく楽しいと思えることを見つける、など方法はあります。
でも、病の最中はそれすらやる気が起きないですもんね…
少しずつ病が回復するといいですね[照れる]

BuZZ
さんかく
病院はお店でサービスとして薬を商売で販売していて、その為には適当な病名と繰り返し来てくれる理由がいる。
人間は摂取した物から作られていて、常に進化して歴史を進んでいる。
どこかの国では不幸って言葉自体が存在していなかったり。
ノクスト

憂い顔の騎士
見習い
例えば、今の自分より良い状態を思い描けば「もっと幸せになりたい」と感じ、逆にもっと悪い状態を想像すれば「今は幸せだった」と感じることがあります。つまり、幸せも不幸も、何と比べるかによって姿を変えるものだと考えています。
比較対象は多岐に渡り、他者、環境、自身の過去や想像した未来など、当人の価値観に大きく左右されます。
そして比較による幸せだけを追い続けると、より大きな幸せを知った瞬間に今の幸せは色あせ、不幸もまた終わりなく生まれ続けます。
例えば、見方を変えれば、そのような比較をしないことや、比較対象そのものを知らずにいられることが、「幸せな状態」と映る場合はあるのかもしれません。
ただこれも、「比較の是非」や「認知の有無」を比較することで、「幸せ」という概念を見出しているに過ぎません。
つまり、「比較しないことが幸せ」という考え方ですら、別の比較によって導かれた結論であり、「完全に比較から独立した幸せ」を定義することは難しいように思います。

まーさん
幸せの証

冬寂

フローラ2
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