観測した事実は誰にとっても同じなのか?
箱の中で友人がコインを見て「表だった」と確認したとします。普通はこれで事実が決まったと思います。しかし量子力学では、外にいる人は「友人もコインも、まだ表と裏の重ね合わせかもしれない」と計算できます。では、友人が見た時点で事実が確定したのか?それとも外の人が確認するまで確定していないのか?
ソマリ
ICP?GC?、LC-MS?
その辺は扱ってたけど、測ったから良いじゃなかったねw
分析やの結果は世間に好評されたりとかもあるので、みんなと同じかも?

K

かざ
結局誰かのフィルターを通すことが観測だから、
誰にとっても同じな観測はそもそもありえない

セナ
葉っぱをみながら同じ色の絵の具でぬったんだ。
でもみんな、なんでせっかく上手く書けたのに
そんな色でぬっちゃったの、、って
ガッカリしてた。
俺は何を言ってるのかわからなかった。
このエピソードからも質問の答えに同じとは言えない場面があるとは言えると思う。

K

ミサキ
一体どっちが本当の表で裏なんでしょうか…🤭

cootarox
あなたの観測と
それ以外の観測が違うかもよ
という事なので

なー
事件や社会現象の当事者として見るのと、第三者から見るのとでは、「事実の立体感」が違います
どちらも嘘をついている訳ではなく、観測した座標が違う為、得られる情報が異なってしまいます

毛玉
僕がこう見た、友人はそう見た。その共通項が所謂事実であって、コインが表だったという証言も一面に過ぎん。
表の定義が僕と友人で違うかもしれんし、いっそ酔っ払ったときに友人の見た夢かもしらん。その友人が信用できるか否かという、自分の中の漠然とした判断基準かもしれない。
太宰治は信実って言葉でメロスとセリヌンティウスの友情を示したな。二人にとっては友人が大切なのは事実。疑ったのも事実。でも読者はセリヌンティウスが疑ったかどうかはわかんねぇ。じゃあ事実の観測なんて、所詮は自分でしかできないんだろうなぁ

小鳥遊百舌鳥尾
直視だけでなく、俯瞰で見たり、客観的に見たり、相手の立場で見たり、兎に角視野を広く🙃
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