共感で繋がるSNS

察する文化なのか

日本人って、昔はよく『察する』事が一つのスキルだったり文化だったりしたワケですが、表現の細かさって実は察する事ができないから増えた気がするんですけどどうですかね
こー

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日本人は察する能力があるのではなく、感受性が高い人が多いだけではないでしょうか。
よって、日本語による表現方法も多いのだと思います。
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yusuke

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日本人だけが察する、予測する能力を持っているとは思いませんが、日本語は、本音と建前だったりオブラートに包んだりと、状況、相手によって様々に変化させられるところが難しくもあり優れているところだと思います。
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釣りパパ 陸戦型

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都会はそんなに察してくれないよ
言わないと分からない
色んな人がいるから
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デイリー

デイリー

察するんじゃなくて、言いたいことがあるなら言えよの文化やね…私は
大前提として言いたいことを言うことも一つの優しさだと思ってる
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ワニ

ワニ

昔は、「余白」が表現の美として通用していたのが、現代では描写を多くの感情や情報で補完して表現する等、読み手の安定性を重視する傾向が増えているのかもしれませんね。
まあ仕事で言うなら、思考は言語化しその場の流れを察せる人が社会で「出来る人」だと思います。
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太陽

太陽

それだけ感情も増えたという事です
ただそれだけですよ🤣
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甘い檸檬🍋

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いや、時代はもう言語化する能力が必須になっている
頭の中にあることを、他人の判断に委ねてはいけない
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なお屋

なお屋

今まで日本はそうしてきた
文化とはそーゆーものなのでしょう😁
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たくひら

たくひら

おそらくなんですが、日本語に限らず全ての言葉ってとても難解で使いこなすには訓練と習熟が必要だったと思うのです。だから、「受け手」の能力もまた求められる言葉だった。しかし、昨今SNSやスマートフォンの伸長により、誰でも言葉を使えるようになった。しかし、言葉は訓練と習熟が必要。なので、「使い手」に求められる水準が上がってしまった。それが現代の「説明する」「言語化する」に繋がっているのだと思います。「察する」は別に日本だけの文化ではなく全ての文化に通じるものかと。でなければ、異国の地の小説や詩集に、どうして心を動かされることがあるのでしょうか。
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ある

ある

なるほど!
確かにそうですね!
すごい目鱗でした。

察する事が得意なら細かく表現しなくても「こう言いたいんだな」ってわかるからストレートに言いますもんね。

わからないからこうかもしれない、ああかもしれないと微妙なニュアンスの表現を駆使して可能性を残しつつ答えるんですもんね。
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