障害を乗り越える際に伴う痛み若しくは対価に対する考え方と言う名の万能薬の模索
私達が生まれてから、日々その日数を重ね生きていくなかで、様々な障害が物理的、精神的問わず多種多様にあると思います。
例、身体的、精神的な事情、不足、金銭、悪意、善意等。
それらを障害と認識して越えようと思考し、
障害を乗り越え終えるそれ迄の過程に於いて発生し得る痛み若しくは対価に対する万能な考え方
(納得の仕方)。
万人に通じる秘薬はあるかどうか。
あればそれはどの様な考えなのかを
お聞きしてみたいと思います。
自由に書いて頂けましたら幸いです。

パン

伯爵
こう書くと、ただただ宗教の勧誘ですが。笑
応用哲学としての「仏教」は本当に優れていて、つまるところは「苦痛も幸福も、受け取ってる自分の解釈に過ぎず、与えられる事象には幸も不幸もない」みたいな話になります。
私は門前の小僧に過ぎないので多くに語るを控えますが、ライトな仏教書などを読むと、色々面白いかと思います。

ふきふき
考え方は、まず、障害があり不幸であることを受け入れること。そこからスタートすることが大事。すると今の自分が見えてくる。そうすると自分の人生が見えてくるし、人生の目的が見えてくる。そして必ず幸せになると思うこと、死んでも幸せになると言い続けること。
というものです[大笑い]

サト
とは思った
その障害はどういうものなのか
乗り越えるものなのか、あるいは迂回するものなのか
さらにいえば
求めるものは本当にその障害の向こうにあるのか
それが「考え方」なのかなと思う

こうへい
(これまで十分考えたので)将来のことは考えず、目の前のことだけに集中する。自分が望んでいてもいなくても、何が起きるか分からない。考えるのはエネルギーを無駄に消耗している。
四月の海賊🏴☠️
『イベント』と捉えて楽しんで取り組むのがよし。
見習い
まず、私としては「苦痛は対価」という点に懐疑的です。
おそらく「そう仮定して考えて」という意味でもあると思うのですが、それが病の元に思えます。
苦痛は進歩の結果の一つではないかなと考えています。
つまり苦痛は、〝成果〟の〝対価〟ではなく、〝成果の一部〟。
そして「苦痛にも重要な意味が存在するなら?」という問いにつながります。
苦痛は危険や限界を知らせる信号であり、時には方向修正のための情報でもありますからね。更に他にも意味があったとしても不思議じゃない。
この考えは「万能薬」ではなく、前提を切り崩すために「ワクチン」と表現した方がいいかもしれないですね。
これなら私としては、万人でも扱う事は可能かなと思います。

