人を愛せないのは長所(公共利用価値)を愛そうとするから。長所を愛せないなら、短所を愛せばいい。元来、人は相手の短所(公共利用価値以外)しか愛せないです。実際に、自分だけに優しいとか公共価値として壊れた部分を求めてしまう所はありますよね[ほっとする]
私は、この問いには少し違う角度で答えたいです。もし「本当は人を愛したいけれど愛せない」という意味なら、無理に人以外を探さなくてもいいのかもしれません。人を愛するというと、つい相手の全部を愛さなければいけないように感じます。でも実際は、その人の仕草や雰囲気、一緒に過ごした時間、してくれた行為など、一部分を好きになることから始まることもあります。愛するのハードルは、もっと低くていいと思います。「愛でる」「好き」「なんとなく心地いい」でも十分です。また、愛は案外すでにそこにあるのかもしれません。強い憎しみや嫌悪の中にも、時には愛情が姿を変えて隠れていることがあるかもしれない。だから、人を愛せないと思ったときは、「何を愛すか」ではなく、「すでに好きなものや大切に思っているものはないか」を探してみるのもいいのではないでしょうか。