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痛みを持つ100人を救った人と、命に関わる重大な痛みを持つ1人を救った人は、どちらが偉いのか、どちらが価値があるのか、どちらが優れているのか(本文参照)

社会はこれを測れるのか。 測りづらいものを、なぜ私達は測れるのか。 (例 容姿、優劣、貴賤𝒆𝒕𝒄.) 人間は対象を直接捉えてはおらず、自己における価値を参照して判断していると感じたので作問しました。
メンタイ

メンタイ

どちらも素晴らしい、
でいいんじゃないの?
哲学哲学
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興味

興味

私にとってこの問はひとまず「価値とは何か」に変換されました。
価値とは物理的なものではなく、脳内、あるいは神経的なプロセスで報酬を生じるものに過ぎない
…と言ってしまうと本文に提起された哲学をほとんどせずに終わってしまうので、ならば個人の価値判断と、それと相互作用する社会通念的な価値観が如何にして価値の優劣を与え得るのかを考え、言語化してみたいと思います。

①問文の2者の価値の優劣について
結論から言えばこの2者の価値の優劣は基本的にはないとされると思われます。そのどちらもが社会にとって(個人としてもどちらの恩恵も受け得るのであって)望ましいからです。
価値の優劣は、取捨選択が生ずる場面において判断されるのではないか、ということです。

②本文の社会における価値の優劣の測定
総論的には現実の何事も有限である中で、更に尺度を共通化しやすいものについては、より望ましいものを求めて価値判断を行うことが容易であろう、と考えます。
例えば、勉学について言えば、できないよりできる方が価値があるとされるでしょう。それは知識なり知力なりの一本の尺度の中で比較できます。
一方で、建築作業員と医療従事者は社会にとってそれぞれ必要な、それぞれ別個の貢献をしており、一本の尺度での比較にはならない、価値の優劣は判断されないということです(個人であれば、例えば伴侶としての都合なら、収入など一本の尺度で比較するかもしれません)。そもそも差別そのものは基本的によくないというのが社会通念でありますが、学歴差別が生じやすい、あるいは合理的とする見解はそれなりに見られますが、職業差別をする人がいたとしてもそれを合理的とする見解はかなり稀でしょう。
その上で、社会に実在する有限性による制約のもと、例えば税金を投入した人材確保について、状況により、医療従事者を優先するという価値判断はあり得ようと思います。

なお、本文で挙げられていた容姿の優劣、価値判断については、ほとんど生物的な機能ではないかと思っております。
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若

病理学者と外科医、どちらが偉いのか。
みたいな話ですよね。
外科医はその場で命を救うことができるが、病理学者はワクチン開発に協力して沢山の人を救うことができる。

逆のシチュエーションだと、互いに役に立たない。

例えばそこに、安定した作物で飢えてる人を救える農業科学者が加われば、どうなんでしょうねw💦😅

まぁ結果としては、『適材適所』であり『モチはモチ屋』ってコトじゃないですかね〜?
♪⁠ヽ⁠(⁠・⁠ˇ⁠∀⁠ˇ⁠・⁠ゞ⁠)
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🌈よっさん

🌈よっさん

命に関わる人の方が価値があると思う派です。その人個人では助からないからです。必要不可欠な助けびとの存在と、自ら痛みを乗り越えれるのとは訳が違います
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くち

くち

これ、後世の痛みに苦しむはずだった人を救うために、人道的に許されない酷い人体実験をした人は許されるべきなのか。みたいな話にちょっと似てるなって思った。全然違うけど。
その人がその実験をしなかったらその後も人は死に続けていたなら英雄になるべきなのか。

世界は犠牲の上に成り立ってると納得するしかないのか。

人体実験された人が身内とかなら許せるわけ無いし、人の価値は人の主観だからなぁ。難しいね。
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ひろひろ

ひろひろ

誰を救ったかじゃないかな
悪人か善人か
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見習い

見習い

価値や優劣をつけたがるのは、「正しい行動」を目指す性質からだと思います。
ただし、それを人が正確に測定し認識することはできない。しかし人は不安定な状態、不確定な状態を嫌う為に、落としどころを作ります。
その本質を正確に捉える事はできない為に、自身の価値観(暫定)を基準に白黒つけようとするのだと思います。
つまり人が「測っている」としている事は、正確には「測ったつもりになっている」という事ではないかなと。

その100人と1人の話に本来優劣はないと思われるが、優劣を無理やりにでもつけて「より正しい方向」を探しているというべきかもしれません。
簡単に言うならば、人は物差しをもっているが、その使い方を良く分かっていない、ということだと考えています。
そして問題なのは、その暫定的な物差しの使い方を「正しい使い方」と思い込んでしまうことですかね。

私には100人だろうと1人だろうと、苦痛の差があろうと、その時誰がどのように考え、動いたか、結果よりもその姿勢が重要だと感じますね。
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さんかく

さんかく

そこからどれだけ良い影響力が波立つか。
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モリシ

モリシ

「痛み」をAとおく。
「重大な痛み」をBとおく。
100A>Bのとき、仕事の総量は百人を救った人のほうが多いので、たくさん働いたという意味でえらい。逆もまたしかりである。
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サト

サト

判断材料不足かな

どういう意図でどういう方法でどういう状況を改善したのか
ケースバイケースだと思う


個人的意見なんだけど
むしろ救う側がその人に価値を見出したから救った
だと思うし
そもそも人の価値を人が査定するのか?
という問題かなと思う
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