MBTIだけではないのですが…
自分を分析している人は、
本当に自分を見ているのでしょうか。
それとも、
自分が見たい自分を見ているのでしょうか?
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私は性格診断を
ひとつの参考として受け入れています。
ですが、
考えれば考えるほど、
診断を見ているのか
診断として自分を見ているのか
診断に寄せて見ているのか
分からなくなることがあります。
これはMBTIに限らず、
自己分析や自己理解でも
起こりうることかもしれません。
自分を知ることは、
自己理解なのでしょうか。
それとも、
自己演出になることもあるのでしょうか。
あなたの見解を教えてください。


伯爵
例えば心理学ですが、例にもある「MBTI」は科学的根拠や信頼性が低く、疑問視する声も少なくありません。
そもそも、脳は自己像を歪めて解釈します。簡単な話では、鏡像は自己を正しく映しません。
左右反転していることはもちろん、繰り返し見るものに好意を抱く「ザイアンス効果(単純接触効果)」や、「自己をよく見せたい」というバイアスが働くため、人は「映りたい角度」で美化して自分を見ます。
写真の自分(特に隠し撮り)を見て違和感を覚えるのは、自分が脳内で認知している自己像と、写真による実像が大きく乖離しているためです。
また、人は他者と対峙する時「仮面(ペルソナ)」を被ります。仮面の自分は実態とは違う姿をしており、親密度の深さでその厚みは変わります。
他者の評価はバイアスが掛からないため、本人よりも正確である。という意見もありますが、そもそも他者に見せている自分は仮面をかぶっています。このあたりは「ジョハリの窓」が特に有名です。
自己に対する他者の評価も、自己評価も、それぞれに異なるバイアスがかかるため、完璧に実像を捉えることは困難です。
あくまで個人の見解ですが、私が実感として一番役に立った自己分析は「占星術による性格分析」でした。
質問紙による心理テストのように「回答者の主観や理想」が介入する余地がなく、自己申告のバイアスを完全に排除した外部の象徴体系から自己を客観視できるためです。
もちろん、それにしたって結果を受け取る際に、聞きたいことを聞き、見たいものを見る脳の「バイアス」はかかりますし、バーナム効果も影響します。
総合的には、多角的に自己に関する分析を行い、チェリーピッキングしないよう注意した上で「幾らか精度を近づける」のが精々なのだと考えます。
もしや、正確に実像を捉える完璧な方法があるとして、それを実行してしまったら、防衛機制を剥がされた脳はその事実に耐えられないかも知れないとも考えます。
特に私は、占星術で「ゆがみ」を自覚し、自己への恐怖と、同時に妙な納得感を得ました。片鱗でこれなのです、全容を受け取って正気である自信がありません。

ゆ
演出と言っても(NF型になりたいから共感増やして優しい雰囲気にしてみよー)とかって正直、野球選手になりたいから野球するのと本質的には変わらない気がするんですよね。野球選手になりたいという願望を持つのもまた自分で、その願望の根幹を深掘りすることで新たな発見に繋がるとも思います。元々の才能や素質が〇〇で願望が△△で...と分けることさえできていれば、それはむしろ健康健常です!
つまり、全ては自己理解に通ずるんじゃないでしょうか!

N・(ちび名那詩⛱)

アーティファクト
理想の自分を想像して答えてしまっている人は少なくないと思うし、内面化された“べき像”みたいなものって誰しも大なり小なり抱えてると思うから。
故に100%の精度は出ないと思うけど、自分が思うのは、それが「できるか」ではなく「向いているか」を、もっと具体的に言うと「そうしようと務めている」ではなく「苦労せず意識すらせず自然とそうなる」という項目を意識して答えた方が素の自分に忠実な結果が出るだろうということ。
ただまあ、自認INTJのESFPとかは流石に存在しないと思うし、ざっくり人となりを知るには有用かな〜くらいに思ってる。

