人間は過ちを犯す。貴方は、❶自己の過ちに関して、相手や周囲の人の反応に依らずに内省することは可能ですか? ❷その帰責性はどのように認識・判断・評価していますか?

〆さば
何に引っ掛かっているのかはうまく言語化出来ないんだけど、この前「家に帰ったら髪を切ってやろう」と子供に約束したが、帰ったら宿題が終わっていなかった。髪を切ってもらうのを楽しみにしていた子供はせがんだが、私は「宿題終わってないなら切らん」と返した。がっかりしていた。だがよくよく考えたら帰ったら髪を切ると言う約束と宿題(日次タスク)は関係が無いなと思い、夜中に手紙を書いてテーブルに置いた。すまん父が間違ってたわと。
つまり問いにはっきり答えてはいない訳だけど、なんかこんな感じです。

matsu
自分の過ちと向き合い、受け入れるのは結局、自分自身でなければならない。
その過ちが意図的であったかどうかに関わらず、自分の行動によって害が生じたのなら、そこには自分の責任もあると思う。全て、ではないが。
だが、その過ちを一人で抱えて受け入れる事と、誰かの支えを得て受け入れる事では、訳が違うから、他者の助けを得ながら受け入れることも、人間の大事な在り方の一つかもしれない。
私がその過ちを本当に受け入れたと感じるのは、その過ちを自分の一部として受け止めることができた時。

なずむ
ある
その不満をちゃんと掬い上げて「勝ったんだからいいだろう」にしないのが大事かなって思う。
人は過ちを認識するのが1番大変。
結果が良かったから過ちがないなんてあり得ないから。

Jotak

サト
悪癖かな

🍊🍊🍊
着物男子(🍉
2加害者である自分と共犯者と被害者を公平な第三者が裁くのが理想 ここで初めて第三者が必要ともいえる

世紀末覇者ラ王

GUCCI
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