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ゲーム哲学で考えるあるべきゲームとは?

ゲームをする時、ただ楽しいだけではないと思います。そこには様々な感情があると思います 主人公などが出てきて偶像化された悪を倒す。 もちろんどのゲームも自由ですが あるべきゲームとは?
にぼし🐟

にぼし🐟

個別にどうってより、誰かにとって刺さるゲームだったら何でもいんじゃない?とか。
ダクソして寝ろ
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くらら♂

くらら♂

べき論で語られるゲームはクソゲーだろ、と思いつつ。
それでは話が終わってしまうので、一番面白かったゲームの話を。
いろんなRPGをやってきたけど、個人的にはテイルズオブファンタジアが最高のRPGなんよ。かなり昔のゲームだし、今の子がやっても、多分子供の頃の俺が受けた衝撃は伝わらないと思うわけ。
何でかな? って考えたら、このゲームが一番最初に全クリしたRPGだった。
こーゆー人多いんじゃない?
そりゃ、当時の技術で考えたらファンタジアは特異点だった。オープニングで歌うし、自由に空を飛べるし。でも、俺がプレイした時には既にリマスターで、もっとすごいゲームって他にも色々あったわけ。
それでもファンタジアが最高なのは、ゲームをしたときの俺が他の名作RPGを知らなかったから。

子供の頃初めて触れたゲームに勝るゲームはない。
身も蓋もないけど、これが事実だとすればもう一つの仮説が生まれる。
つまり、ゲームの質を決定する最大要因って、ゲームそのもののクオリティじゃなくて、プレイヤーの感受性なんじゃないの? って話。

もちろんクソゲーが世に溢れているのは事実だよ。でも、そのゲームにある程度の新規性があれば、後はその人にハマるかどうかなんよ。
それなら、やっぱりゲームにあるべき形はない。
様々な形で、様々な人の記憶に刻まれていくのがあるべき姿だ、という一般的な結論になってしまった。。。
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ティリル

ティリル

プレイヤーの心が動くかどうかではないでしょうか。
そういったゲームは何年経っても名作として挙げられます。
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ノゾ

ノゾ

人間が快や幸福を得るのは、なんらかの困難の克服や、克服の予見による。

だから旅行という見知らぬ土地への到達、互いの目的を阻害しあうスポーツでの勝利、トレーニングによる進退能力の向上、未知の事柄を理解する勉学や読書、ばらばらのものを組み立てるパズル、或いは他人が克服するさまに感情移入する物語などが娯楽になりうる。

ゲームもまた人間のこの「困難の克服」という悦楽の本質を満たすものであって、だからほぼ全てのゲームは謎と解明、放浪と到達、探索と発見、戦闘と打倒で成り立ってる。

「娯楽として調節された困難」が、ゲームの本質であり、あるべき姿。

ところで、本当に優れたゲームはクリア後に同じストーリー・同じ苦難を何度も体験したくなるものだけど、それこそ「なるほどこれが人生か、よしもう一度!」というアモール・ファティが具象化されたひとつなのだと思う。

(多くの中高年は何度も父を亡くし、何度もゾーマを打倒し、何度も郷里から切離されたはず)
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サト

サト

「楽しい」そう思えることだと思う

神ゲーであれクソゲーであれ
エンタメとしての体感と体験
それが在るべき形かなと思う
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