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「人生の目的は幸福である」←これに反論してみて下さい

アリストテレスは**「人生の最高善(最終目的)は幸福である」**と言いました。私たちが仕事で成功したいのも、お金が欲しいのも、突き詰めれば「それによって幸福になりたいから」であり、幸福の追求こそが人生の目的であるという極めて自然な捉え方です。
なぬぬ

なぬぬ

経験して学ぶこと
幸福に気づけるかどうかも、
経験と学びでしかない
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まえば

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その人生の結果を幸福だと解釈する
目的というか結果論???
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にぼし🐟

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あれ、ここでの幸福ってgreater good的な感じじゃないですっけ?
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風の音

風の音

俺もそう思います
人は考えることができる動物なので、(社会的な制約の範囲内で)自分が幸せに、楽しく思うことを目指して生きてほしいです。
ですがこれは「お題」なので、ディベート感覚で反論します。

結論からいうと、人の生き方で最終的に目指すものが「幸福」というのは矛盾します。その理由は「世界中の人が満上一致で認める幸福が存在しない」からです。

ある人が「この国を占領して利益をせしめたい」という目的を果たし、英雄として亡くなる時、その人は幸福で人生の目的を果たしました。
しかし、戦争で亡くなり、略奪され、住みかを奪われた人たち全員に「別の幸福を探すべきだよ」と説得するのでしょうか?
他人を不幸にして得る幸せを各々が人生の目的としたとき、社会秩序は保たれるでしょうか?
少なくとも俺はそれを目的にしたくはないと思います。自分が不幸になる側になることも多々あると思うので。

「幸福」は、他人の事象と比較するものではなく、どんな状況下でも(たとえ人からみたら恵まれているように見えても)考えようによって「幸・不幸」に思える「自己評価の感情」なので、すでに目標を達成している人はいることでしょうし、そのかた達はその後、目的の無い人生を送っているのかは疑問です。
なので「最終目的」ではなく「目的は人により違う」のでは?

具体例で言うと、あと約50億年後に地球は死滅する太陽に飲み込まれ、生命全てが消滅するそうで、その前に10~20億年後に海が干からびて生命が死滅するみたいです。
あなたが、それが近い頃(あと30年で海の水が蒸発しきって全滅する)に生まれ育っているものと仮定して、あと30年でどんな「幸福」を目的としますか?
おそらくその頃より前から「太陽系を脱出して宇宙で生活する技術を編み出すことを目的」に生涯をかける人がいることでしょう。
 技術を持たない人々はその人たちに託し、あるいは希望を失い、残りの30年を過ごします。
「最後に脱出できたのだから幸福になる目的を果たせたじゃないか[穏やか]🎶俺たちの幸福のためなら過去の犠牲や貢献はしかたない」
と政治家のような高笑いしてまた悪事に走る人たちもでるかもしれません

生まれてすぐに亡くなる人や、余命1ヶ月と宣告された人たちも含めた人生の目的は「幸福」?
やはり、他人の幸せを幸せに思う「愛」まで目的にしないと誰かが不幸になる…
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いっせい

いっせい

人生の目的は不幸だと思わない事である
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ほくと

ほくと

反論としては時代背景、科学知識の欠如が十分に考慮されていない。

大きな相違は古代ギリシャの

- 市民 = 政治参加者、労働 = 非市民 = 奴隷という社会構造
- 進化論の欠如

# 社会構造の相違

古代ギリシャは戦争捕虜、海賊、略奪による労働力により、自由市民が労働から解放される構造があった。平和憲法、勤労の義務、リベラルの価値観と大きく異なる。

アリストテレスは上層階級出身、生まれはマケドニアで、活動の中心はアテネであり、自由人ではあり、政治参加権はなく、土地所有に制限があるという立場だった。
彼は奴隷制度を「自然的奴隷」という概念を用いて、自然秩序として説明していた。
生存のために必要な労働は最優先事項ではなく、自己目的的な余暇(schole)を上位の価値観として捉えていた。

# アリストテレス独自の目的論

アリストテレスの世界では:
「存在するものは、ある完成形(telos)へ向かう」
という構造が、宇宙・生物・倫理すべてに貫かれている。

幸福(eudaimonia)は、「徳(勇気、節度、正義、思慮)(atre)の継続的な実践」を意味する。

彼は人間の特殊性を理性(logos)と考えていた。この考えが、人間の目的が何かという考えにつながる。
アリストテレスの理性は真理を理解する能力、行為を選ぶ能力を意味する。
ただ、労働者は社会的な制約から理性を実現できるとは考えていなかった。

進化論では生物に最初から目的が内在するとは考えず、ゲノムの変化は偶発的であり、環境に適応した個体が生き残ると考える。アリストテレスの目的論とは合致しない。

# 補足

個人的な考えで言えば、古典解釈は正確ではなくてもその解釈の結果が有益であれば良いと考えている。「人生の目的は幸福である」という一種の再解釈に強い違和感があるわけではない。

大前提、私には古代ギリシャ語とアリストテレスの知識が欠けている。そのため、アリストテレス解釈についてはChatGPTに頼っている。ChatGPTは大量の研究、注釈がある古典解釈には強いという仮定のもとに使っているが、私自身に専門知識が欠けるためこの評価が正しいかは確信がない。
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たれぱん

たれぱん

アリストテレスの言う「幸福」について考えてみた。
人の行動には目的があって、お金を稼ぐのは、美味しい物を食べたい。そして食欲をみたしたい、、、と目的を辿ると、どんな行動も最終的な目的は幸福に辿りつく。
なぜ幸福になりたいのか?の先がない状態になる。
その状態を言っていると思います。
よって、「人類の目的は幸福である」ということになる。
人の行動は最終的には「幸福」を目的にしてると言えるかもしれないけど、それは「散歩など」いろいろな行動を起こす「きっかけ」で「欲望的」な要素はあまり意図してないかな。
自分だけの「欲望的」な「幸福」のために行動することはイメージしてないような気がします。
多分、アリストテレスの言いたかったことの一部で、ゴールに向かって頑張るのもいいけど、物事を調べて正しい方向(みんながハッピーになる)に向かって過程を程々に楽しみましょうということかなと思いました。
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コーユー

コーユー

「人生の目的は幸福である」という考えに部分的な反論を試みます。

というのも、幸福を求めるのは「人生」そのものではなく、「私」という知的な自我のほうだと思うからです。

もし死後も存在が続くなら、幸福の探求は人生で終わりません。美や知を探求したいという欲求も、存在が続く限り続くはずです。

つまり幸福は、「人生の目的」というより、「存在する知性」そのものの性質に近い気がしています。

だから私は、「人生の目的は幸福」というより、「知的存在は幸福を探求し続ける」のほうが、少し本質に近いと思っています。
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ソマチッド

ソマチッド

目的は幸福ならば不幸でもある
人生にはジャッジがない世界はない
だから目的は有るし無い
目的は幸福とは言えない
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Mr.メランコリー

Mr.メランコリー

幸福は目的ではなく副産物だと思います。
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