持っているものが多い人生と、得られる可能性を思い描ける人生、どちらが幸せなのか?
言い換えれば
失う恐怖と得られない苦しみ
あなたはどちらを選ぶ?
GALVON
新しく出会う物の理解が深くなると思っています
新しい物は超新星の様に渾然と生まれる物じゃなくて、どこかに焼き直しやリスペクトやオマージュがあると思います。

ここ
私は、「今」に注目しています。
なので、質問者様がおっしゃる、
・失う恐怖
・得られない苦しみ
・得られる可能性を思い描ける
は、どれも未来のことなので、私はどれも重要視していません~✨
んで、
・持ってるものが多い
これは「今」ですね~。
多いのか少ないのかは、誰か他人と比べているのでしょうか~?平均的な人とかですかね~?
私は他人と比べることも重要視していないので、多い少ないは、置いておきましょう~。
そうすると、
・持っているもの
これが残りますね~✨
私は、これに対して「足るを知る」ですね~😊✨
どの瞬間においても、この思考でいる限り、落ち着いて楽しい人生が送れると思っています~(*^_^*)✨
もちろん何かあれば感情の上下はありますケド、押し潰されたり、這い上がれない、というレベルは回避しやすくなるのでは~?と思っています~✨

はやと

-FIRE-
ジレンマよね。

風の音
②得られる可能性を思い描ける人生→得られない苦しみ
これのどちらが幸せか?という質問ですが、①は資産や希望、好奇心や悲しみなど「実際に本人が供えているもの」、②は「思考」なので、比較は出来ないと思います。
あえて言うなら、
①「失うことは常であると受け入れ所持している」と「失う恐怖を感じながら所持している」のはどちらが幸せか?
②「得られる可能性を持ちながら過ごす」と「得られないと苦しみながら過ごす」のはどちらが幸せか?
という比較になると思います。
①②、ともにどちらが幸せに感じるかは一目瞭然ですよね[にこやか]
「同じ状態でどう思い、どう感じながら過ごすのか?」
で幸不幸を簡単にかえられます

まさたか†
得られる可能性を追求する夢はあっても良いですけど、得られないと不幸だと嘆くことになると思います

楓

まりけん

釣りパパ 陸戦型
所有物の多少で幸せかどうかを測ることは出来ないのでは?
失う恐怖と得られない苦痛の比較は、そもそもどちらも苦痛について問うているのでは?
その答えは十返舎一九の東海道中膝栗毛に出てきますよ。

そろり
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