言語的コミュニケーションにおいて、貴方は『相手の発話意図』を推定していますか?それとも、『自己の解釈』に認識を委ねていますか?
〝相手の発話意図↔自己の解釈〟は相互参照構造。

にぼし🐟

伯爵
例えば発話者が
「誤魔化されたことは自分のせいだと思っている」と発言したとして。
・相手の行いの原因は自己にあると思っている。
・で、あるため、納得をしようとしている。(「せい」という表現より)
・しかし相手の行い自体には批判的である。(「誤魔化す」という表現より)
ここまでが発話から得られる情報。
ここに発話者からのリクエストがあれば、推察(自己の解釈)を加える感じでしょうか。
この分類が正しくとも間違っていても、少なくとも「どこまでが客観的事実で、どこからが主観的か」は切り分けて思考するようにしています。
だるま落とし
よく『要は』とか『つまり』とか追い討ちかまされるから。
「言い方がふわふわしてるのに後出しジャンケンでマウント取ろうとするとかw」
って思う方が多い。

