主観を通してしか世界を認識できない人間に、客観性は成立し得るのか。
ここでいう「主観」とは、個人の感情だけではなく、経験・記憶・価値観・言語・文化・身体感覚などを通して世界を認識する、人間固有のフィルター全体を指しています。
また「客観性」とは、完全に偏りがゼロの視点というより、「複数人で共有・検証可能な視点」や、「個人の立場から距離を取ろうとする姿勢」を含む概念として扱っています。

TAKA
その個体がなにかしら大きな体験するまでは観測的に客観視は不可能の可能性がある

はるた
しかし、客観性を意識することは、思考の向上につながるとは思います。
主観はそもそも、一個人の経験により作られるので、自分が経験したこと以上の認識は得られません。が、他者が見る自分、という仮想を立てることで見えなかったものが見えることはあると思うので、有意義ではあると思います。

たか
質問に応えられるなら、それぞれがどれだけ自分の主観を裏打ちする客観性を持てるかということでしょうか。
残念ながら私は質問者が納得できるようなことは成立し得ないと思います。

