技術の進歩に意味はある?
昔はネットなんてなくても満足できていた
医療が発展すればウイルスも強くなる
任天堂はニンテンドースイッチを超えられない
昭和あたりから今までは変化が大きく楽しかっただろう。しかしこれから先、より楽しい未来が待っているのか?幸せのハードルが上がり続ける今、それに応えられるだけの発展はこれ以上できるのか?停滞した人類に待っているのは堕落と絶滅なのか?

もとひさ
「人間の生存」が意味とするなら、技術の進歩は大きな意味を持っている。少なくとも科学の存在しなかった時代において生き残れなかった人間が生き残れるようになっている。その点では意味はある。
「人間の幸福」ということを意味とするなら、科学の進歩に意味はない。人は長生きしようが、数が増えようが、ご飯がたくさん食べれるようになろうが幸せにはなれない。

和也

カワウソ
進化論的な観点で見ると、脂肪や気分の浮き沈みなど、進化により手に入れた能力のほとんどは今の時代だとデメリットにすらなってしまっています。
そしてこれからも人の身体は置いていかれ、技術との差は広がる一方でしょう。
もしかしたら、人間にも遺伝子操作が必須になってしまう未来が来るかもしれません。

バージル

たかはし
先進国は出生率が軒並み低い、
技術、経済が発展すると人は緩やかに絶滅にむかっている、、、!?
かと言って今の生活水準は下げれません🙋

mon

アンナ
1日でも 長生きする

男60GTアゲイン!

しん
電車に乗ると、多くの人がスマートフォンを見つめています。私もその一人です。数分の空白があれば、自然に画面を開き、情報を探し、誰かとつながろうとする。通信技術の発達によって、遠くの他者とも瞬時に連絡できるようになり、知識へのアクセスも容易になりました。こうした変化を、私たちはほとんど疑うことなく「進歩」と呼んでいます。
しかしその一方で、便利さが増すほど私たちは落ち着きを失っているようにも見えます。常に通知に反応し、時間に追われ、何もしていない時間に不安を覚える。「速くなること」や「効率化されること」は、本当にそのまま人間的な豊かさを意味するのでしょうか。
私はフランス哲学を研究してきましたが、近年はドイツの哲学者 ハンス・ヨナス の議論を読み返すことが増えています。ヨナスが見ていたのは、現代技術によって、人間の行為の「重さ」そのものが変化したという事態でした。環境問題やAI開発のように、現在の選択が未来世代にまで影響を与える時代になったのです。
だからヨナスは、「できること」と「なすべきこと」を区別する必要を訴えました。現代では、技術的に可能であれば、それを実行することが当然視されがちです。しかし本来問われるべきなのは、その技術がどのような人間の生を形づくるのか、ということではないでしょうか。
技術はこれからも進歩していくでしょう。しかし本当に問われるのは、その世界のなかで人間がどのように生き、どのような未来を他者へ残そうとするのかということなのだと思います。

Y
少なからず恩恵を受けている身からして意味はあるのではないでしょうか
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