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人間のキャラクターは、表裏か、それとも多角的・多面体か。貴方の❶自己に対する認識(≒自己分析)、❷他者に対する認識(≒人間観)と両方教えてください。

ナトル

ナトル

どっちも陰陽五行思想や四元素説」や「四体液説」に近い形で自分を見つめ直したり
何もない 条件下で相手のことを知る情報としての自分なりの考え方になりますかね

後は観察という洞察力も影響あると思います
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ゆ

多角的だと思います!
色々な性質が合わさってひとつになったのが人間のキャラな気がします!

人間みたいな複雑な存在を表裏で二分できるはずがないんじゃないかなと
仮にできたとして、裏の顔というのは、元々そこにあった性質のうちの一部を隠したことによって生まれたもので、初めから存在していた訳ではないのではないでしょうか。
表も裏も、状況や気分といった些細なことですら影響を受け、多少なりとも変化するものです。
そういった変化を新たな顔と捉えるかどうかの違いだと思います!
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伯爵

伯爵

①も②も、グラデーションです。

およそ「言語化されたもの」、特に物質世界に慣れ過ぎていると誤解しがちですが、キャラクター(人格・個性)というのは、人と共有する上で、便宜上定めた「言葉」があるに過ぎず、その実際は「酷く曖昧なもの」です。

ひとえに「優しい」と言っても多様な種類があります。そしてそれは、見る人が見れば「優柔不断」だったり「八方美人」だったりします。
「りんご」が「りんご」であることより、よほど曖昧で定義し難いものですが、それを人と共有するときに定義されてなければ、伝わりようがありません。ううーん、説明後難しい。
「あの人って、パップラドンカルメだよねー」って言われて、どんな性格かわからない。

そして性格なんてものは、自己に対すれば「バイアス」が働くし、他人に対すれば「先入観」が勝ります。

そして、刻一刻と刷新されていきます。昨日の自分が、今日の自分と同じだなどと思うのは、希望的観測に過ぎず、楽観的な思考です。

ってことを踏まえていくと「観測者の主観によって左右されるグラデーション(または不定形)なもの」とするのが精々だと思うのです。
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サト

サト

キャラクターって要は
客観的にどう見えるかだと思う

なので
立体物の表側かな
立体物としたのは角度変えて見たり
奥行もあったりということで

ちなみに①も②も
それぞれに「どう見られてるか」と「どう見せたいか」で
ざっくり4パターンなのかなと思う
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くま

くま

私は、人間のキャラクターは表裏というより、多面的なものだと考えています。

ただし、その人の内側に「本当のキャラクター」が一つあり、それが場面によって別の面を見せている、という意味ではありません。

① 自己に対する認識

自分が認識している「自分のキャラクター」は、完全なものではないと思います。

人は、他人から言われたことや、自分の過去の行動など、断片的な情報を集めて「自分はこういう人間だ」と判断しています。
しかし、その際にも、自分が見たい部分や理解しやすい部分を選んでいる可能性があります。

つまり、私たちは本当の自分を知っているのではなく、

自分という存在についての仮説を作り、その仮説を生きている

のではないでしょうか。

② 他者に対する認識

同じ人を見ても、その人のキャラクターは見る人によって異なります。

家族が見る自分、友人が見る自分、職場の人が見る自分は、それぞれ違います。どれか一つだけが本物なのではなく、関係する相手ごとに異なるキャラクターが成立しているのだと思います。

そのため、その人の本質を一つの言葉で確定することはできません。自分も他人も、その人の一部分を見て「こういう人だ」と判断しているだけです。

したがって私の人間観は、

人間のキャラクターは多面的であり、その全体像は本人を含めて誰にも完全には分からない

というものです。

「本当の自分」とは、どこかに隠れている一つの完成したキャラクターではなく、自分と他人の認識の中に、それぞれ異なる形で存在しているものだと思います。
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