「祈り」によって得られるものは何か
宗教的な祈りに限らず

いぬやま
あとは、実際には偶然の集合でしかない世界に対して「対話の余地がある」と信じることができる希望だろうか。

サリンジャー

律
祈りとは願い望む事である
すなわち願望
願望とは本来
自身の内に置くものであり
他者に求めるものではない
他者に求めた時点で
それは願望ではなく
要求となる
要求のない純粋な願望であればあるほどに
自己を肯定する軸となる
自己肯定の源泉となる
他者の影響に揺らされぬ
自身を支える自信となる
行動の指標となり
方向の指針となる
祈りによって得られるものは
“自分の世界”である
ソマリ
神や仏を信じるのはありだけど、それに助けを求めて結局逃げ道にしてしまうから。

世紀末覇者ラ王
人は、自分が置かれている状況を理解しきれない時、なぜ自分に起きたのか。という不安を抱えることがあります。
その空白を、運命だから。神の意思だから。前世からの因果だから。といった意味づけに預けることで、納得や安堵を得ることがあるのではないでしょうか。
占いや性格診断などを強く信じる場合にも、似た構造があるように思います。
祈りや信仰には様々な意味がありますが、私はその一つとして、理解できないものに意味を与え、心を預ける場所を作る働きがあるのではないか、と考えました。

HAL
自分自身の在り方を見つめる時間が得られるのでは

🍊🍊🍊

𝒘𝒐𝒍𝒇🌕
たれぱん
「今日はいい日でありますように」という「祈り」をしたとします。
この行為により、昨日までのモヤモヤをリセットして、スッキリしたメンタルでその日をスタートできる「おまじない」であると思います。
この自己暗示的な「おまじない」はメンタルを安定させる事と、「きっといい事がある」というプラシーボ効果も期待できる。
前向きな「おまじない」をイメージすることにより、より活動的になり、生活する上で沢山の判断にも良い影響がでるかな。

こうしん🀄️🀄️🀄️
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