みなさんは死に対してどのような考えをお持ちですか?
私は死が怖いので、その恐怖を緩められるような視点だったり考えがないかなと探索中です。みなさんの考えをお聞きしてみたいです。

umi
私も、とても死が怖かった時期はありますが、その時は死ぬというのは、突然本がバラバラになったり燃やされたりするようなイメージでした。
でも今は、物語の中でどんなことが起こっても、最後のページまでちゃんとお話は書かれていて、読み終わってゆっくりと本を閉じて裏表紙を撫で、本棚に仕舞って、たまに読み返してくれる存在がどこかに居てくれるのではないかという、漠然とした不思議な安心感のようなものがあります。

ギゼン
…文学的に言えば。
感覚的に言えば、いつ どこで どのように訪れるか分からないので「もどかしい」が最も近い感覚です。

アーティファクト
起きた瞬間 脳内ラジオONLINE、睡眠中でも壮大な夢を生成してしまうくらい常に考えている人間なので「死なないとゆっくりできないんだ…」という気持ちがずっとあるのが主な理由かなぁ。ただ、自分では観測できないのが非常に残念。一旦臨死体験してみたい。笑

紫苑しおん🐈⬛️
それだけでもかなり重たいものですね。
頭では整理しようとしても、
不意に不安が込み上げてきたり、
答えを探そうとして
疲れてしまうこともあります。
ー
今回の回答にも
様々な言葉が並んでいました。
輪廻転生/自然回帰
死後の世界/今を生きる理由
こうした言葉は
人がそれぞれの形で、
死と向き合おうとしている姿なのでしょう。
しかし難しいのは、
死には決定的な答えが存在しないことです。
死んだ人にしか分からない。
けれど死んだ人は、
それをこちらへ伝えることができない。
だから人類は、
宗教、哲学、科学、物語を通して、
死へ輪郭を与え続けてきました。
けれど、そのどれもが
死を完全に説明し切れている
わけではありません。
それでも人は、
分からないまま考え続け、
答えが出ないことを抱えながら、
生き続けてきました。
こうした、
答えの出ないものを
急いで片づけずに抱えておく力を、
イギリスの詩人ジョン・キーツは
ネガティブ・ケイパビリティと呼びました。
ー
とはいえ、
「答えが出ないことを抱える」
のは簡単ではありません。
だからこそ、まずは
「怖い」を少し細かく見てみましょう。
痛みへの怖さなのか。
孤独への怖さなのか。
後悔への怖さなのか。
自分が消えることへの怖さなのか。
漠然とした感情に名前を与えるだけでも、
多少取り扱いやすくなることがあります。
ー
もう一つは、
「死」そのものより、
“死を想像し続ける時間”
に疲れていないかを考えてみることです。
人は、
まだ起きていない未来を
何度も先取りします。
その結果、
死そのものより、
“死を考え続ける時間”
によって消耗していることがあります。
もしそうなら、
一度、今ここへ戻ってみる。
ご飯の味。風の温度。好きな音楽。
死を忘れる必要はありません。
ただ、不安だけに
意識を占領され続けないことも、
大切なのだと思います。
ー
死について、
完全に納得できる答えを持っている人は、
おそらくほとんどいません。
もしかすると、
死への向き合い方とは、
恐怖を完全になくすことではなく、
分からなさを抱えながら、
それでも生きていくこと
なのかもしれません。


SATCIMO

やつま
②受け入れるものだと考えてる。
①死んだ人は死んだあと何があったか言わないし
一度死んで生き返ったという経験をした人の言葉などは信じるに値しないから気にしない方がいい。
そもそも経験というのは自らが経験をする事によって信憑性が出来上がるので経験をまだしていない死を恐れる必要はないと思う。
②また死というのは平等に訪れるもので今か明日か
はたまた80年後かに死ぬことは確定している。
死というものはこの平和な日本でも傍にあって
今も昔もそれは変わらない、そんないつ来るか
分からない死をビクビク恐れながら生活するなら
いっその事開き直り受け入れるべきものだと思う

あぽりあ
私たちは往々にして、おしゃべと好奇心に満ちた生き方(ハイデガーに言わせれば「非本来的な生き方」)で日々を浪費していますが、死を意識して生きる(死の先駆的覚悟)をすることで本来的な生き方と向き合い自分の人生の最大化に努めることができるというわけです。
今この瞬間死ぬと思って後悔のない人生にしたいですね^_^

Lizy

たよ

ジョー
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