恋愛における可変性とマッチングアプリ(本文がメインです)
「相手は育てるものだ」とか
「石も磨けば光る」みたいな話を、どこかで聞いたことがある
実際、関わり方や時間のかけ方で
相手の見え方が変わる瞬間はあると思う
この延長で考えると、少し気になるのが——
マッチングアプリにおいて、出会う相手の多くが限定的な生活圏(例:会社と自宅の往復)にある場合、
関係性の中で相手の変化を促すことによって魅力を引き出す、いわゆる「育成的アプローチ」は有効に成立するのか
また、人の内面や意思が直接観測できない状況において、
相手を「変化し得る存在」と仮定して関わることは合理的と言えるのか
それとも過剰な投影に過ぎないのか
たれぱん
また、上手くできるかという考えは「過剰に投影」か、、、
ということでしょうか?
「相手を自分好みにしたい」という考え方に「過剰に投影」の要素というか、そのものではないかと思います。自分の潜在的何かを「相手を自分好み」にすることで解消しようとしてるかも。
恋愛にはイロイロな形があると思いますが、私の考えは対等が基本です。
なので、相手を育てるという感覚はなく、相手との関係性を育てる感じです。
例えば、、、
相手が服装に興味がない人だったとき、似合う服をいっしょに選んで、垢抜けた感じにする事を「育てた」と思うのはいいかも。

タヌ本
過剰な投影。
自分が相手を変えようと考えてる
ということは現在の相手を否定する
ことと同義であり
相手に対して失礼だと思う。
その相手と関係を続けると思うので
あれば、自分の考えを変えて相手と
上手く関わるように調整するのが
現実的かなと思う。
結論としては、相手を自分好みに
変えようとするのではなく
自分の考えや行動を変えることに
よって、相手と上手く関わるように
した方がよいと思う。

コパ🔍
よう分からんな
恋愛で相手を変える?
その発想は 根本から間違えている
相手を変えようとするな
自分が変われ
人が変わるために必要なもの
それは自主性
コレのみ
そこを外部からあれこれ
突いても人は変わらん
出来ることは
きっかけを与えること
その後の成長は本人次第
まずは
自分が変わることを薦める🤣

セナ
なんかスーパーの白菜とかで私達が育てましたってポップみたいで面白いと思った。
自分はファッションに疎いからコーディネートとかしてもらったことあるなぁ。育てたってほどではないけど

明

パン

伯爵
まず人と関わることにおいて、相手の性格が自己との関わりにより「変化しうるかどうか?」は、
「変化しうる」が近いです。
近い、というのは「良かれあしかれ、変化はするもの」だからです。恋人に限らず、後天的な性格は人との関わりによって必ず変わります。
「育成的アプローチ」は有効に作用しますが、それはあくまで「相手がそれを望んだ場合に限り」有効に作用します。
人は、伸びたいようにしか伸びません。
「可愛くなる素養のある素朴な女性を可愛くしたい」は「可愛くなりたい」と思っている人にしか作用しません。「人から美醜で自己を判断されたくない」などと思っている方には、作用しないどころか、いい迷惑となります。
「人を変えたい」という思考は、そもそもが傲慢です。ましてや「教育」というのは、いささか傲慢がすぎます。
「恋人という立場から、そのように伸びたくなるように仕向ける」ことは十分に可能です。
「可愛くならなくても良い」と思っている相手が「可愛くなりたい」と思えるように追い込む。
であれば作用はするでしょう。
しかしそれは『ハラスメント』です。
また、3つ子の魂100までも。とはよく言ったもので、人の「基礎的な性格」は、あまり変化しません。

SUZUME
『相手という円』が
マッチング、紹介などの
『縁』によって出会います。
その『縁』を
まず良いものにしたいと
考えます。
お互いが変わるか?
変われるか?というのは
円が交わる事ができるか?
という事だと思います。
これは一方通行では
うまくいきませんので
お互い信頼し合える
関係に発展し、
領域に
踏み込み合えるか?
侵入を許し合えるか?
そして
お互いが心を許し
円が交差した時
相手を知り
相手から己を知り
相手に合わせたり
阿吽の呼吸が生まれたり
相手の苦手や
足りない部分をカバーしたり
交差した部分から
思考し行動に変換される時
それは
『出会いにより育ち、変化した』
『縁が結ばれた』
という事に
なるのではないでしょうか。
交差している部分が
大きい程
お互いをよく知っていて
信頼関係も強い
という事なのだと思います。


コーユー
そもそもこの話は恋愛やマッチングアプリに限らず、人が関係の中でどう変化するかという問題だと捉えています。人は老いや環境の変化など、避けられない変化を必ず経験しますし、その変化は関係性にも影響します。
だから、関係は「変わらない前提」ではなく、「変化する前提」で考えておくことに意味があると思っています。例えば、ライフステージの変化に備えて、価値観や役割、お金のことをすり合わせておく、といったことです。こうした前提を無視すると、後でズレが大きな負担になるリスクもあります。
ただ一方で、「育てる」という言葉には少し違和感もあります。恋人同士は本来対等な関係で、一方が一方を変えていくというよりも、実際にはお互いに影響し合って変化していくものだと思います。
「一緒に成長していこう」と、変化を前提に支え合える関係が、自然で現実的なのではないでしょうか。少し理想的に聞こえるかもですが、そこは程度の問題かと考えています。

〆さば
問題は「変わって欲しいところが変わってくれるかは分からない」ことと「ここを変えたい、と思って操作的に変えることは甚だ難しい」ということ。相手に望むより自分を譲れない閾値まで一旦削ってみて、そこと相手がかち合わないか点検する事が上手くいく(かも)の分水嶺ではなかろうか。
マチアプ未経験の戯言ですが。
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