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民主主義における政治参加とは何か?国民は選挙権と投票権を持つが、選挙権・投票権の行使のみで政治参加といえるのか?積極参加と消極参加があるとしたら、その違いは何か

jboss

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カール・ポパーは「民主主義」の核心を「誰が権力を持つべきか?(多数派か? それとも才気煥発なエリートか?)」ではなく、「強すぎる権力を防ぐこと」としました。大金を握ると人が変わると言われているように、権力はじわじわと人を内側から腐敗させるからです。

カール・ポパーのいう民主主義「開かれた社会」とは「批判と修正が可能な社会」です。従って質問の本題である政治参加とは、「文句を言って、望みを実現すること」になります。

消極的参加としては、不平不満を表明するだけです。対案とかは一切不要です。知識の無い人、アイデアが無くても参加できます。カール・ポパーにとって民主主義は「学識の無い愚かな人々」も参加することが肝心です。不平不満、つまり問題意識をまずはみんなで共有しましょう。

積極的参加としては、社会制度は、世の中はかくあるべしと設計となるアイデアを出して、実現することです。こっちはなかなかできませんね。

みなさん如何でしょうか? 賛同できるかどうかは別として、冷戦時代の哲学者の考え方です。最近の日本社会では「批判ばかりではいかん!🤬」
と「馬鹿は黙ってろ!🤬」という考え方がちらほら広まってきている気もしますが、いまいちど、民主主義について考えて頂けたらと思います。

したらな!🤓
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〆さば

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政治参加とは政治との地続き感を自分の中に持っているかどうか。積極消極はそれらを具体的に行使するかどうか。お上のやる事は知らん、自分は適応するだけと言っていると民主主義は死ぬ。
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もー

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多くの人が行使しないが、国民は被選挙権も持っており、選ぶだけでなく、自身が政治家になることもできます。被選挙権の行使の是非の判断が合わさっていれば。選挙権、投票権の行使のみでも政治参加してるものと思います。積極、消極というのはないでしょう。
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うるふ

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選挙権なんて資格制にすればいいと思います。
勉強した奴だけが重みのある一票でいいのでは?
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