人間の行動が神経・環境・過去経験に強く影響されているとした場合、“責任”という概念はどこまで有効か?

matsu
とある人が環境や過去経験に基づき攻撃的な行動をとったとしても責任が全く無いと言えばそれは違う。
その人は悪くないと決め、許してしまうとまた同じ過ちを犯してしまう。
その為に単に道徳的非難をするのでは無く、再発防止の為の対策を考えるのが一番重要だと思う。
責任は完全ではないが、社会の中では必要で有効だと思う。

まさたか
身の回りに秩序があるからだと考えられます。
【人間の行動について】
神経・環境・過去経験が影響を与えるとして、行動に出る欲求や意欲が元になっていると考えられます。
【責任が問われる概念について】
欲求や意欲が生じたきっかけから責任が有効範囲であると考えられます。裁判の尋問も同じように行動のきっかけから始まり、欲求や意欲からの行動が秩序の範囲内かを判断して責任を追及しているものだと思います。

サト
ただ、責任の所在はレイヤー毎にグラデーションがあると思ってる
ただ、情報の虚偽や選択の強制力によっても責任の配分に影響しうる問題かなとは思う

おっくん

むかで
考え方次第では、全部周りのせいにもできますし自分のせいにもできると思います。
責任があるとしたらそれは社会的なとりあえずなものだと感じます。
悪い事は人のせい、良い事は自分のおかげ。なんて人は山ほどいます。
そういう人を見た時、あーそうしないと自分が保てないんだなー。。わたしも気づかずやってるのだろうなぁ。と感じます。
問題はそれで自我が保てるか?気持ちが楽になるか?なのだと思います。
ですが、極端な所に線を引いても良いとは思いませんし、その細部は皆んな違うでしょうし追いきれません。
とりあえずであれば私は、全てに有効として、全て私のものとして生きたいですね。

ヤス

セナ
掘り下げていけば今の自分を形成したのは過去からの経験の蓄積であるというスタンスで現在の自分を捉えるかいなか、など様々な要素で人間の行動には、僕には後付けにみえるが背景がある。
結局、いわゆる常識っていう物差しで責任の所在は決められがち。

影丸@オジ様
ガー

