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人間は「世界」を直接捉えているのか?

直接捉えているなら、なぜ見え方や認識が個々に異なるのだろう?
しゃるる

しゃるる

まず、科学的観点でいえば、いいえと答えるのが妥当だと思われます。人間の五感は、人体という観測装置を用いて、「世界」を捉えているに過ぎません。例えば、視覚に関しては、可視光外の波長を捉えることできませんし、聴覚に関しても媒体の振幅を鼓膜により音と認識しているに過ぎません。でも、ここまでは本質的に他の動物と同じです。
問題は、「世界」を捉えたことを自覚する意識(自我)についてです。これは哲学的に重要な部分です。意識とは、五感を始めとした様々な情報伝達が複雑に作用して意識と認識されるという説が有力視されてます。感覚と生存本能の結びつきが高次元化して意識となるといった感じです。そしてこの結びつきの回路は、経験による影響もあることから、同じ人間でも結びつきの状態に個人差があると考えられます。例えば、アインシュタインには、凡人には捉えることが難しい「世界」が見えていた可能性が高いですし、子供と大人でも「世界」の捉え方が違います。また、認知症により「世界」の捉え方が変化することもあります。
まとめると、科学的観点においても哲学的観点においても、人間は「世界」を直接捉えていなくて、意識という可能な状態で捉えてるに過ぎず、その機能は個の経験にいる影響を受けるため、個人によって捉え方が異なるのだと思います。
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くま男爵

くま男爵

世界は世界でも、「個人的な世界」
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若

基本的には捉えられているのだと思います。

ただその世界の広さ、深さの範囲が個人により違うだけかと。
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くちく

くちく

マルクス・ガブリエルが『私は脳ではない』で、この命題にがっぷり四つで取り組んでますね。
ガブリエルは、「世界」全体は想定しえないとします。なぜなら、人間は直接経験による「意味の場」に依存する過程でしか、思考しえないと考えているからです。つまり、部分的になら「世界」は直接経験できる、という主張です。

これはこれで面白いのですが、個人的にはドレイファスとテイラーの『実在論を立て直す』の「接触実在論」の方が好みです。
彼らは表象論的な「世界」観(あくまで世界は脳の認識の結果で、直接経験はない)という考え方を批判し、世界への接触が先立っている、とします。
運転し慣れた道は思考以前に、身体が反応して運転ができる。このような「日常的対処活動」自体が一種の思考なのだ、とします。

(今のところ)データ処理の結果でのみ「世界」を捉えているAIより、身体を有している人間の方が「世界」を認識できている、と思うと元気が湧いてきませんか?
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カワウソ

カワウソ

私は直接捉えているということはないかなぁ……。と思ってます。

人間は世界を意識を通して捉えている。と思っています。
意識という情報に変換するから、個々によって考え方などが異なっているのかもしれません。

余談になりますが、
植物状態の人間は一見意識がないように見えますが、声を聞いたり、光を見た時と同じ脳波が確認されるそうです。この場合は直接世界を捉えている。といっても良いのでしょうか…?私にはわかりかねます。
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きのこ

きのこ

イデア界のお話とか見ると面白いかもね!

他にも…
視神経からの情報伝達と、脳内での情報処理。
指先等からの情報伝達と、脳内での情報処理。

これについて、技術的な側面から考えてみても、
結構面白いと思うよ?
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さんかく

さんかく

実はドアの外の世界は何も動いてなくて
出た時だけ動き始めているとか

興味のない事や気にしてない事は常に不確定で
決まっていなくて

注目したり見たり覚えると確定的になって
どこかでそれに出会ったり耳にしたり急に引きつけ合う
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ラズー

ラズー

世界は空間に近いもので人間がその中で存在している。

楽しんでいる人間もいれば苦しんでいる人間も存在しているのが世界。

どちらかというと世界が人間を捉えているのかも知れません。
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あきら(片仮名は偽物

あきら(片仮名は偽物

世界どころか砂粒一つの行方さえわかっていない
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にゃんこ店長

にゃんこ店長

捉え方は人それぞれになると思う。
だからこそ、自分の中の世界が絶対って思わず、他人を尊重することも大切だと思います
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