【アンケート】謎の圧倒体験について
あらゆる意味の芸術に「圧倒」された経験ってありますか?それはどんな体験だったでしょう?
絵でも音楽でも立体物でもスポーツでも演劇でも、なんでも良いです。
因みに私はふらっと行った何年か前のチューリッヒ美術館所蔵展?でフェルディナンド・ホドラーのなんだかわからない湖の風景がに釘付けになったり、逆に昔から好きだと思ってたダリの実物をみて「こんなか」とスンッとなったり、児童画の展覧会でとんでもない異質な作品に圧を感じて動けなくなったり、謎体験が多いです。衝撃というより、その場に縫い付けられる圧力感、共感していただける方います?


サト
小さい箱でのバンドのライブ
勢いと一体感かな

憂い顔の騎士

ぬらぺっちょ
サイケデリック体験では化学物質で無理やり知覚の扉を開くが、あれは入口に過ぎない。
深い瞑想を繰り返し行っていた時代に、こんなにも静かな世界をかいま見た。だがそれも入口に過ぎなかった。そうゆう体験は執着を生み、結局は普通が1番かな。

ぬらぺっちょ
大野一雄さんも全くの趣味じゃなく、理解も出来ず、好きでも無かったが、
何故かボロボロと涙が出て止まらなくなった。
こんなにも訳が分からない物に、涙が止まらない。
残念ながら大野一雄さんは1回しか観る事は出来なかったが、あの体験は何だったのか未だに強烈。

山田
結末、ゆりかごの中を覗き込んだ主人公と共に映し出された悪魔の目。その一瞬のビジュアルに、体が石化したのを覚えています。
ですが、大人になって知った事実は、当時の衝撃以上に不可解なものでした。実はあの映画、「ゆりかごの中の赤ちゃんの目は、一度も映っていない」のです。
物理的には存在しないはずの映像を、私は今も鮮明に記憶しています。中盤の悪夢シーンで一瞬だけ挿入される悪魔の目の残像が、ラストの絶覚という音のトリガーによって、脳内で勝手に現像されたのでしょうか。
自分の脳が勝手に存在しない恐怖を補完し、それを実体験として定着させてしまう。あの時感じた圧の正体は、芸術が持つ暗示の力と、自分の脳が起こしたバグが衝突した瞬間のエネルギーだったのか。
あるいは、「この世界線では内容が少し違う」のかもしれません。


