【アンケート】謎の圧倒体験について
あらゆる意味の芸術に「圧倒」された経験ってありますか?それはどんな体験だったでしょう?
絵でも音楽でも立体物でもスポーツでも演劇でも、なんでも良いです。
因みに私はふらっと行った何年か前のチューリッヒ美術館所蔵展?でフェルディナンド・ホドラーのなんだかわからない湖の風景がに釘付けになったり、逆に昔から好きだと思ってたダリの実物をみて「こんなか」とスンッとなったり、児童画の展覧会でとんでもない異質な作品に圧を感じて動けなくなったり、謎体験が多いです。衝撃というより、その場に縫い付けられる圧力感、共感していただける方います?


正宗(ろー)
アニメとかの映像で、空が “割れて” 異空間や宇宙が空の向こうに現れる描写のように、自分の世界認識が割れて更新されました
世界は直接認識できないのに、
▸ 人から聞いた話
▸ 本で見聞きした内容
▸ ニュース映像
▸ YouTube動画
▸ 自分が体験したもの𝒆𝒕𝒄.
という『点』に過ぎないものを、無意識的に自己の中で統合・構築していて、自分の中に『これが世界だ』という “虚構” の世界認識を勝手に使っていたことに気がつきました。
同時に、『みにくいアヒルの子』現象が、我が身にも、誰の身にも、容易に起こることが分かりました。
194ヶ国それぞれの国で、20年くらい暮らして、大統領からマフィア、俳優や歌手まであらゆる社会的地位を体験して、農家やバーテンダー等あらゆる職業を経験して、そこまでやっても『世界』の理解度は20%を超えないと思います。
そして、それぞれの生を男性として、女性として、その他のセクシャリティとして、あるいはハンデキャップを持って体験しないと実態が掴めません。
また、『私』というモビルスーツに乗ったままだと、他のモビルスーツに乗って人生を歩んだときとの差が分かりません。
私の世界理解度は単純に考えて、高く見積もっても0.5%くらいだと思います。
過去に関してはアクセスすらできません。
井の中の蛙どころか、水たまりの中のオタマジャクシが、水たまりの中にある情報だけで世界を認識している状態だと思います。
世界は固定的に存在しているのか、生成的なのか、それすらも自分では分かっていません。
世界でも、人に対しても、人間は容易に水たまりの中の情報と、自分が持つナノサイズのものさしで測ってるような感覚になりました。
という体験のきっかけになったので、私の場合は『思考は現実化する』です。
(あくまでもこの本自体は、考えるきっかけになったに過ぎませんが、それでもインパクトは大きかったです。)

山田
結末、ゆりかごの中を覗き込んだ主人公と共に映し出された悪魔の目。その一瞬のビジュアルに、体が石化したのを覚えています。
ですが、大人になって知った事実は、当時の衝撃以上に不可解なものでした。実はあの映画、「ゆりかごの中の赤ちゃんの目は、一度も映っていない」のです。
物理的には存在しないはずの映像を、私は今も鮮明に記憶しています。中盤の悪夢シーンで一瞬だけ挿入される悪魔の目の残像が、ラストの絶覚という音のトリガーによって、脳内で勝手に現像されたのでしょうか。
自分の脳が勝手に存在しない恐怖を補完し、それを実体験として定着させてしまう。あの時感じた圧の正体は、芸術が持つ暗示の力と、自分の脳が起こしたバグが衝突した瞬間のエネルギーだったのか。
あるいは、「この世界線では内容が少し違う」のかもしれません。


ぬらぺっちょ
サイケデリック体験では化学物質で無理やり知覚の扉を開くが、あれは入口に過ぎない。
深い瞑想を繰り返し行っていた時代に、こんなにも静かな世界をかいま見た。だがそれも入口に過ぎなかった。そうゆう体験は執着を生み、結局は普通が1番かな。

ぬらぺっちょ
大野一雄さんも全くの趣味じゃなく、理解も出来ず、好きでも無かったが、
何故かボロボロと涙が出て止まらなくなった。
こんなにも訳が分からない物に、涙が止まらない。
残念ながら大野一雄さんは1回しか観る事は出来なかったが、あの体験は何だったのか未だに強烈。

