何処からが「個性」で、何処からが「異常」なのでしょうか

あらた
ただ個人的に言葉から受ける印象は、個性はプラス方向(良い方向)の印象、異常はマイナス方向(悪い方向)への印象を感じられます。
そう考えますと、個性は人、他者や自分にとっても良い作用をもたらす違いを指し、異常は同じく他者や自分にとって悪い作用をもたらすもの違いを差すのではないでしょうか?
具体例としては、人一倍几帳面な方は仕事が丁寧でしたり、人より大らかでマイペースな方は一緒にいたら時間に追われず癒されることもあるでしょう。
異常となりますと、その行為が人や自分に危害を加えるなど、法に抵触してしまう、前述した通りマイナスの作用をもたらす物を異常と言えるのではないでしょうか?
一個人の考えですのでご参考程度に聞いて頂ければ幸いです[ウインク]

正宗(ろー)
観測者がものさしを持ってるか、双眼鏡を持ってるかだと考えられる。
[星2]要点
『ものさし』を持ってると異常という概念が生まれる。
『双眼鏡』を持ってると個性という概念が生まれる。
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[星2]深掘り
個性だからといって、『場』との適応を無視して良いことにはならない。
集団や個は、個性を認めた上で、各人が『場』に適合するように努力する必要はあると考える。
種種の個性により、個人に求められる必要な努力量は変わってくることになるが、
人間は、そこをフォローする意識を持ちつつ、完璧な存在などいなくて、『誰しもが多少ははみ出していること』を自覚するような価値感が望ましいと考える。
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(ここのセクションは主観です。)
おそらく、
『自分ははみ出していない』という自己認識を持つ人ほど『ものさし』を持つ傾向が強くなると思う。
自分がはみ出しているという自覚があると、人間や場をよく観察するために『双眼鏡』を手にすると思う。
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[星2]まとめ
『自己を正』に置くと、おそらく『ものさし』を無意識的に使っている可能性が高い。
〝『自己の正しさ』の正しさ〟の論拠を示すことは極めて難しく、その論拠が相手に、あるいは場に受け入れられるかも分からないという二重の疎明困難さを持つのが『自己の正しさ』だと考えられます。
そして、『ものさし』を持っているときは、自己は正しくなる仕組みがある以上、ここに軋轢が生まれるのだと考えました。
また、正しさは自己の中にあるものではなく、ネットーワーク的に構成される関係性の中にあると考えたら、自己の正しさは集団においては『誤』になることが予想されます。

ains
異状な個性もある

よっちゃん

めなっち
①異常の対義語は正常
②個性の対義語は社会性
そうなると
1.正常な個性
2.異常な個性
3.正常な社会性
4.異常な社会性
この4つの見方が考えられる。
この時点で質問の本質からズレそう笑

Moonbeams
レッテル貼りしたいときは異常。
八割方の人が異常とレッテル貼りしたくなるものは、客観的に見て異常と言ってもいいのか。

mon
会の英雄になったりします。普遍的な真理でないです

憂い顔の騎士
「個性」と「異常」は紙一重

夏目
お酒好きは個性、酔って暴れるのは異常。
理解できない個性は、自分とは違う価値観と思う。

〆さば
個性の先に異常があるのではなく、異常は状態、個性はそれを個別の主体の一要素とする事じゃないでしょうかね。
目が悪いのは異常な状態だが個性でもあるみたいな。
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