人は質問にはよく答えます。しかし「質問そのもの」を作る人は、あまり多くない気がします。なぜでしょうか。
問いに答えることと、問いを立てることは、何が違うのでしょうか。
とかろう

むかで

kou
創造するほうがシンドい作業になるからね

並行次元

おもち
だからと言って、二番煎じだと面白くないよなぁなんて思ってしまうなぁと。
これは私自身の話ですが、参考になれば

ゆい
人間受け身の方がやり易いのよ

あ

ワンコおじさん
他人に答えを求めても、「何か違う」て思うこと、あるでしょう?その時には、実際には自分自身の中に既にある程度の答えがあるわけで、そこに確信というか、最後の一押しが欲しいだけなのです。だから「何か違う」わけで。それを自覚しているなら、「聞くだけ無駄」なのです。だから質問すること自体に意味がない。
だからでは?

SSかずのり
しっかりとした文章書くのムズいよ😭
回答する方が自己完結で気が楽

にっきー
理由は3つあります。
①問いが生まれるパターン
問いには大きく3パターンあります。
1. そもそも問いを作らない
2. 問いは作るが、自分の中で考えて処理する
3. 問いを外に出して他者に聞く
第三者から見えるのは3だけです。
2の「頭の中の問い」は外からは見えません。
②問いと回答の性質の違い
問いは探索なので、
答えが出ても
「さらに知りたい」「別の疑問が出る」
と続いていくことが多いと思います。
それに対し回答は 「その問いへの反応」で一旦完結することが多いと思います。
つまり、「問いを持つこと」と「回答すること」では、負荷が違います。
③質問はコストが高い
質問をする場合は、
・前提説明
・誤解の調整
・話の方向の整理
こういったコミュニケーションのコストが探索コスト以外にも必要になります。
なので、具体的な問いになるほど
「自分で調べて処理した方が、結果的に早くて楽」
なことも多いと思います。
この3つから
外から見ると
「問いを立てる人は少ない」
「回答者は多い」
ように見えると思います。
ただ、正確には
問いが少ないのではなく、
回答に比べて外に出てくる割合が少ないだけなのではないかと思います。
もっとみる 

